2月28日:死にゆく脳の記録(Annals of Neurology2月号掲載論文)
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2月28日:死にゆく脳の記録(Annals of Neurology2月号掲載論文)

2018年2月28日
脳への循環が止まると途端に脳細胞は変性を始め、10分以内に回復が不可能になる。この時脳細胞で何が起こっているのかは、動物モデルで詳しく研究されている。ラットを用いた研究から、脳の死へのプロセスには2つの重要なイベントがあることが明らかになっている。まず酸素の供給が止まり、酸素分圧が急速に低下すると、不思議なことに脳細胞の活動を停止させるスイッチが入る。そしてこの停止状態が1−2分続いた後、今度は細胞の脱分極が始まり、この脱分極は隣の領域へと拡大する。この脱分極が起こると、もう脳細胞が元に戻ることはない。このプロセスは、細胞の興奮を止めた上で、脳細胞が細胞内外のイオン濃度を保とうとしてATP依存的に様々なポンプを用いて膜電位を元に戻そうとするうちに、ATP切れに陥り、結局膜電位差を維持できずに脱分極が広がるとされている。

では人間でも同じことが起こっているのか?これを確かめるのは簡単ではない。これまで、脳波計を用いて、循環が止まった後亡くなるまでの過程が調べられているが、頭蓋の外からの記録は解釈が難しい。実際には、脳内に直接電極を設置して記録を取る必要がある。

今日紹介するドイツベルリンのシャリテ病院とシンシナティ大学からの論文は生命維持装置を外した後の脳細胞の活動を脳内の電極で記録した研究でAnnlas of Neurology2月号に掲載された)。タイトルは「Terminal spreading depolarization and electrical silence in death of human cerebral cortex(人間の脳皮質が死にゆく過程で見られる最後の脱分極と電気的停止)」だ。

この研究では、脳出血や外傷で呼吸中枢の機能が失われたため、生命維持装置を装着した患者さんが、家族の判断で生命維持装置を外す時、許可を得て脳皮質表面、あるいは深部に幾つかの電極を設置、様々な指標をモニターしながら、脳内の酸素分圧の低下から始まる脳細胞の最後の様子を記録している。

実際には、精鋭維持装置を外す前に様々な処置を行っているので、脳細胞の反応も様々だが、結局は動物も人間も急速に酸素濃度が低下すると、同じコースを辿って脳細胞が死を迎えるという結果だ。

それでも、まだ酸素分圧が下がらない前から、散発的に脱分極が広がるという現象が見られることなどは、脳波を解釈する上で重要な所見になるだろう。

結局、酸素が来なくなると、積極的に脳細胞の活動を止めるメカニズムがあり、これがほぼ同時に脳の興奮が止まることに反映される。これは、ATPを使って脳細胞をなんとか回復させようとする活動の表れで、これが維持できる間はまだ回復の可能性がある。しかし、ATPが尽きてしまうと、脱分極が始まり、これはまだ努力を続けている領域を巻き込んで広がってしまうというシナリオだ。

しかし、死のプロセスも、人間となると意外とわかっていないのだという印象を持った。いずれにせよ私の脳も、いつか同じ過程に見舞われるが、それまでは頑張ろうという気にさせる論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月27日;新しい神経変性疾患原因遺伝子の特定(2月27日発行Cell掲載論文)

2018年2月27日
今、何人のヒトゲノムがデータベース上に保存されているのだろう。公開されていないもの、エクソームだけのものなどを含めるとすでに100万人は越しているとおもう。この中には、多くの病気の方のゲノムも含まれているが、ゲノムが解読されたと言っても、病気との関連がついたわけではない。そのためには、研究者の優れた着想と、関連を確かめる粘り強い努力が必要になる。

そんな例を、今日紹介するコロンビア大学とベイラー医大からの論文に見た。タイトルは「A mild PUM1 mutation is associated with adult onset ataxia, whereas haploidnsufficiency causes developmental delay and seizures (PUM1分子の軽度異常を誘導する変異は成人発症型の運動失調の原因になる。また、片方の対立遺伝子の欠損は発達障害とてんかんの原因になる)」だ。

著者らは、運動失調(Ataxia)の研究を行っていたようで、Ataxin1遺伝子の過剰発現が脊髄小脳性の運動失調の原因であること、そしてこの遺伝子がPumilio1(PUM1)と呼ばれるRNA結合分子により発現が抑えられていること、そしてPUM1遺伝子欠損が片方の染色体で起こるだけで、Ataxin1の過剰発現マウスと同じ症状が出ることを報告していた。すなわち、PUM1の量は厳密に調節され、これが少しでも減ると、PUM1の標的遺伝子の発現が上昇して、様々な異常が起こることを示している。

とすると、マウスの実験から考えて、PUM1のヘテロ型の変異による脳神経の異常が起こってもいいはずで、この可能性を調べるため著者らは遺伝子コピーの欠損と病気の関係を調べられる52000人の染色体マイクロアレー・データベースを探索し、9人のPUM1が片方の染色体で欠損した患者さんを発見している。この患者さんには、他の遺伝子異常も認められるが、統計学的にも神経発達異常はPUM1と最も相関していることを確認している。この遺伝子が欠損した患者さんは全て発達障害・知能障害を持ち、てんかん、運動失調が見られる。 さらに、エクソームデータベースから、神経発生異常を伴うPUM1遺伝子の点突然変異を2例特定している。 この点突然変異により遺伝子機能が失われるが、この結果1例は5歳で不随意運動、運動失調などを示すアタキシアだがMRIでは異常を認めない。もう一例は生後5ヶ月で発症した発達異常で、運動失調などの小脳症状とともに、全般的な発達異常を示す。また、MRIで小脳の異常を認めている。このように、突然変異のタイプにより、発症時期が異なり、病気の程度も大きく違うことから、おそらく機能の量的異常が症状に反映されることがわかる。

そこで、もっと遅い発症の突然変異がないかも探索し、50歳以降に発症する変異を特定し、PUM1関連アタキシアと名付けている。

あとは、PUM1の機能が量的に低下することでAtaxin1だけでなく多くの遺伝子の発現が上昇すること、さらにマウスモデルが作成できることも示しているが、詳細はいいだろう。

この研究は、データベースは揃っても、遺伝子を特定するのは難しい場合が多く、PUM1が神経変性疾患を誘導するという候補を着想して初めて、新しい神経変性疾患の原因遺伝子を特定できることを示している。 そして、複数の分子の発現量を決める機能を持つRNA結合分子は神経変性疾患の原因になりうること、また通りいっぺんの検索では病気との関連が見落とされる可能性があることを示した点で重要だ。しかし、着想できれば、データベースは揃っている。今後、同じような変異が見つかる可能性は大きい。そしてもし早く診断できれば、この疾患も遺伝子治療の可能性がある。データベース時代の新しい病気の発見を代表する面白い研究だと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月26日:ガンの免疫抵抗性に関わる分子を探索する(2月16日号Science掲載論文)

2018年2月26日
ガン免疫のチェックポイント治療が大成功したのも、ガンの免疫抵抗性に関わる分子PD-L1/2などが明らかになったからだ。すなわち、ガンに対する免疫が成立すると、これに対してガンの方がPD-L1を発現、T細胞の発現するPD-1を刺激してブレーキをかけ免疫を逃れる仕組みだ。もちろん、ガンが免疫抵抗性を獲得するにはこの経路だけではないだろう。このため、なんとかしてガンに免疫抵抗性を与える分子を突き止めようと様々な研究が行われている。

今日紹介するダナファーバー癌研究所からの論文は癌に免疫抵抗性を与えている分子の網羅的探索研究で、2月16日発行のScienceに掲載された。タイトルは「A major chromatin regulator determines resistance of tumor cells to T cell mediated killing(染色体調節主要因子がガン細胞のキラーT細胞に対する抵抗性を決めている)」だ。

研究ではPD-1チェックポイント治療に抵抗性のメラノーマ細胞株を用いて、これにCas9を発現させ、さらに様々な遺伝子に対応するガイドRNAのライブラリーを、各ガイドが均一に細胞に取り込まれるような条件でガン細胞集団に導入する。これにより、様々な遺伝子が個別にノックアウトされたメラノーマ細胞の集団を得ることができる。また、ノックアウトされた細胞は、その遺伝子に対応するガイドRNAが存在していることを指標に特定できる。このガン細胞集団をキラーT細胞に攻撃させ、生き残った細胞にどのガイドが残っているかを調べることで、キラーT細胞に対する抵抗性を与える分子を特定している。この系で、完全に集団から除去される分子は、発現するとキラーT細胞への感受性が高まる分子で、一方濃縮される分子は、発現するとガンへの抵抗性が高まる分子だと予想される。ガイドRNAから言い換えると、濃縮されたガイドRNAに対応する分子はノックアウトされているし、逆に除去されたガイドRNAに対応する分子は集団に存在していることになる。

例えば、組織適合抗原(MHC)はキラーの認識に必須だ。従って、抵抗性を獲得した細胞の中にはMHCをノックアウトされた細胞が含まれるが、このノックアウトされた細胞が残るということは、MHCに対応するガイドRNAが濃縮されてくることになる。

このスクリーニングにより、予想どおりガン抗原提示に関わる分子がノックアウトされた細胞が濃縮する。他にも、RAS経路や、JAK/STAT経路に関わる分子が、抵抗性の細胞では除去される。

一方、分子を発現する方がより抵抗性に寄与する分子も特定される。幾つかの経路に関わる分子がリストされているが、著者らが最も興味を持ったのがPBAF と呼ばれるクロマチンの構造を調節して、遺伝子の発現に関わる大きな分子複合体の幾つかの成分に対応するガイドRNAが除去されてしまっている点だ。

著者らはこの結果を、PBAFが主にインターフェロン反応性遺伝子全体を抑える作用を持ち、機能が高まっているガンでは、免疫抵抗性が強いからだと解釈している。また、PBAFはPD−L1などの発現抑制にも関わっており、このコンポーネントの一つをノックアウトすると、チェックポイント治療が効きやすくなることを示している。

話はここまでで、今後他のガンや、さらに薬剤が開発可能な標的を明らかにすることが重要になるだろう。ただ、先週紹介した腎臓癌で抗PD-1抗体が効いた患者さんでは、PBAF機能が低下しているというる結果とも一致することから、この実験系は臨床的にも意味のある探索系であることが示唆されることから、今後に期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月25日:ガン遺伝子発現による複製ストレス(Nature オンライン掲載論文)

2018年2月25日
DNA複製は、決まった場所から起こり、転写などの他の細胞機能とぶつからないよう調整されている。細胞周期の研究が進んで、チェックポイントと呼ばれる節目節目の調節メカニズムは随分理解できるようになったが、何千にも及ぶ複製開始点から、様々な速度でDNA複製が起こる時、転写や染色体構造とどう調整をつけているのかまだまだ知りたいことは多い。実際、分裂速度の速いがん細胞は常に複製ストレスにさらされ、うまく複製が調節できずに細胞死してしまう危険性にさらされている。

今日紹介するジュネーブ大学からの論文は発ガン遺伝子を強制発現させた時に起こる複製ストレスをゲノムレベルで網羅的に調べた研究で、新しいアイデアというより、必要なことをしっかり調べたという研究だが、ガンを理解する上で様々なヒントを与えてくれる。Natureにオンライン発表され、タイトルは「Intragenic origin due to short G1 phases underlie oncogene-induced DNA replication stress(発ガン遺伝子により誘導されるDNA ストレスの背景にG1が短くなることにより発生する遺伝子内の複製開始点が存在する)」だ。

まず研究では、多くのガンで発現がたかまっているCyclinEを過剰発現させ、G1期が極端に短くなった細胞の複製開始点 (Ori)を全ゲノムレベルで調べ、新しい複製開始点が1000近く現れることを発見する。しかも、新しく生まれるOriのほとんどはS期の後期に現れ、しかも転写される遺伝子内部に生まれることがわかった。

Oriの多くは遺伝子と遺伝子の間に存在し、S期に入ると転写活性はほとんどないことが多い。従って、転写が終わらないうちにS期が始まることで、遺伝子内に新たなOriが現れるのではと、転写を遅らせる処置をすると、CyclinEを発現させたのと同じ場所に、新しいOriが現れる。以上のことから、G1期が短すぎると、転写がぐずぐずしている遺伝子内にOriが新たに生成されることがわかった。

同じ結果は、Mycガン遺伝子を過剰発現させても起こる。

こうして転写と複製がバッティングすると、複製フォークが止まって、DNAが切断すること、この結果細胞死が誘導されること、この切断箇所に他の遺伝子が転座しやすくなること、などを示しているが、はっきり言って予想通りの結果を実験的にしっかり確かめたという論文になっている。

しかし、マウスのES細胞のようにG1期が極端に短い細胞は他にもある。このような細胞ではどのようにOriが調整されているのか興味がわく。また、Oriのマッピングで、がんの性質を新しい観点から理解することも可能になるだろう。この研究で用いられた系は、あまりにも人工的なので、今後他の状況でのデータが欲しいが、できることをしっかりやり遂げるという研究の重要性が分かる論文だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月23日 ネアンデルタール人とシンボル(2月23日号Science掲載論文)

2018年2月24日
今ほとんどの時間を言語の誕生についての本や文献を読むのに費やしている。そのため、今日紹介する英国サザンプトン大学を中心とするチームの論文のように、ネアンデルタール人の言語能力を推察する取り組みには特に興味がある。実際、これまでの文献だけでも大変なのに、この分野は最近めまぐるしく変化し、忙しくする。

今日の論文に行く前に、まずネアンデルタール人の言語能力研究の背景についてまとめておこう。

この分野で言語能力という時、話し言葉(Verbal Language:VL)を持っていることと同義ではない。明晰記憶(Explicit memory)に現れる前頭連合野の拡大と、ゴールを共有するコミュニケーションを可能にした脳進化を元にした、脳内の表象を、もう一度音や、絵など実体的なメディアを通して表象し直す能力、すなわちシンボルを使う能力にかかっていると考えられている。この点についてさらに知りたい人たちにはT.DeaconのThe Symbolic Species (https://www.amazon.co.jp/Symbolic-Species-Co-Evolution-Language-Brain/dp/0393317544) がお勧めだ。20年前に出版された本だが、現在も全く色あせていない。

この考えから、言語能力と結びつけることができる、遺跡に残るシンボル、例えば絵画、人形、装飾、化粧などは考古学では極めて重要になる。これまでこのような証拠がネアンデルタール人の遺跡に見つかってこなかったことから、ネアンデルタール人には言語能力がないと考えられてきた。

ところがフランスのシャテルペロニアン遺跡で見つかった、化粧や装飾の跡をきっかけとして、ネアンデルタール人もシンボルを使う能力があったとする研究者が増えてきた。その後、主にスペインで、現生人類がまだヨーロッパ進出を果たしていない前の洞窟に原始的ではあるが絵画が見つかり、ネアンデルタールも言語を持っていたという考えを勢いづかせている。

ただ、多くの洞窟は、現生人類にも使用されたことから、本当にネアンデルタール人由来かどうかは現在も議論が続いている。

今日紹介する、「U-Th dating of carbonate crusts reveal Neandertal origin of Iberian cave art(イベリア地方の洞窟の炭酸塩皮膜のウランートリウム法での年代測定により洞窟のアートがネアンデルタール人由来であることを明らかにする)」とタイトルのついた論文は、鍾乳洞の炭酸塩蓄積を利用したうまい方法で年代を測定した研究で、今日出版のScienceに掲載された。

この研究のハイライトは、洞窟の絵そのものではなく、その前後に進んだ炭酸塩の蓄積を利用して、絵の上に重なっている炭酸塩を絵の表面まで順番に集め、それが出来た年代をウラン・トリウム法で測っている。言い換えると、描かれた絵が、その上に起こる地球の営みにより守られることを利用している。実際には、50以上のサンプルを検査し、最終的に絶対に現生人類の関与がないと断言できるシンボルの痕を5箇所特定している。

話はこれだけだが、ネアンデルタール人もシンボルを使う能力があったという強い証拠になるだろう。

ただ、これはネアンデルタール人にも言語能力があったということを意味しても、Verbal 言語(V言語)を持っていたことを意味するものではないと個人的には思っている。実際、シナイ半島で少なくとも10万年の間現生人類と対峙するためには、同じ能力が必要だ。また、ネアンデルタールも大型動物の狩りを行って、火を使い、さらにヨーロッパという厳しい環境で生きていたことを考えると、当然高い言語能力が必要だったはずだ。

したがって、V言語は現生人類にも、ネアンデルタール人にもいつかは誕生していたはずだが、幸いにも現生人類に先に誕生した。この結果、5万年前シナイ半島での均衡が破れ現生人類がネアンデルタール人の暮らす領域に進出、結果35000年ごろまでにネアンデルタール人は絶滅することになる。

なぜ現生人類にV言語が先に現れたのかについては、例えば我々が生後の脳発達に強く依存していることなど、いくつも理由が挙げれるが、今日はこのぐらいにしておく。この分野はいつも面白い。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月23日:Fragile X症候群の発病メカニズムの完全解明と治療のための前臨床実験(3月22日発行予定Cell掲載論文)

2018年2月23日
Fragile X症候群(FXS)はX染色体上のFMR1遺伝子に存在するCGGコドンの数が増加することにより発症する、いわゆるリピート病だが、ハンチントンなどのCAGリピート病のように長いグルタミンストレッチを持つ異常たんぱく質が合成されて細胞を殺すのではなく、CGGリピートによりFMR1遺伝子の発現自体がオフになってしまうため、シナプスの可塑性の異常が起こり、自閉症スペクトラムが起こる病気で、男の子の遺伝的自閉症の中では最も頻度が多い。

患者さんのES細胞を用いたイスラエルの研究からCGGがメチル化され、ヘテロクロマチンが形成されていることが示され、遺伝子発現がCGGリピートが誘導するエピジェネティックなメカニズムで抑制されることが原因と考えられてきたが、このリピートを挿入したマウスモデルでは病気を再現できず、この説明が証明できたわけではない。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学Jaenisch研究室からの論文は、FXS患者さんからのiPSを用いてFMR1遺伝子上のメチル化を消去することで、細胞レベルの異常が治ることを示した力作で3月22日発行予定のCellに先行発表されている。タイトルは「Rescue of Fragile X Syndrome neurons by DNA methylation editing of FMR1 gene(FMR1遺伝子のDNAメチル化の編集によりFragile X症候群の神経細胞の症状を正常化する)」だ。

クリスパ−/Casの技術を用いることで、どんなたんぱく質でもゲノムの特定の場所にリクルートすることができる。Jaenischのグループは、遺伝子切断機能を除いたCas9にDNAのメチル化を外すTet1遺伝子を結合させたキメラ分子を用いて、ガイドRNAで示されるゲノム部位のメチル化を除去する方法を開発している。この研究では、レンチウイルスベクターに組み込んだキメラ遺伝子とガイドRNAをFXS患者さん由来のiPSに導入することで、期待どおりFMR1遺伝子上のCGGのメチル化を除去し、FMR1遺伝子の発現を回復できることを明らかにしている。

この結果、FXSがCGGリピートのメチル化によりFXSが発症するというメカニズムが完全証明された。あとは、この方法を用いた治療可能性のための様々な基礎データを集めている。

治療に向けた問題点は、もしキメラTet1分子により無関係な場所のメチル化が外れると、ガンなど様々な問題が起こると予想される。したがって、ガイドRNAで指示した場所以外のメチル化は影響されないことを、全ゲノムレベルのメチル化DNA解読等で調べ、無関係な場所のメチル化が外れる危険性は最小限にとどまることを示している。

次に、エクソン上のCGGのメチル化が外れることで、FMR1遺伝子のプロモーターのヒストン標識がヘテロクロマチン型から、on型のクロマチンに変化することで転写が元に戻ることを示している。この結果はこのシステムが、DNAメチル化がガイドするエピジェネティックな調節を調べる意味でも優れたモデルになることもうかがわせる。

次に、実際の治療ではレトロウイルスベクターを使わない場合が想定されるので、編集したメチル化状態がiPSでどの程度続くかを、Cas9阻害剤を用いて調べ、かなり長期に新しいメチル化状態が続くことを示している。

最後に、こうしてメチル化状態を編集したiPSから神経細胞を誘導し、正常人iPS由来の神経細胞と遺伝子発現にほとんど違いがないこと、編集した神経細胞をマウス脳に移植すると正常機能を示すこと、さらに分化して分裂が終わった神経細胞に対しても同じ方法でFMR1遺伝子の発現を半分ぐらいは回復させられることを示し、今後の治療法開発に重要な基礎データを示している。基本的にはマウスを使ったレベルの前臨床研究は終わっていると言えるように思う。

さすがJaenischの研究室からと思わせる質量ともに読み応えのある論文で、近々治療研究にまで進むという確信を持った。
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2月22日 脊髄性筋萎縮症に対するNusinersen治療の効果(2月15日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年2月22日
サイエンスが、昨年の10大ニュースに選んだ(http://aasj.jp/date/2017/12/24)のが、脊髄性筋萎縮症(SM)に対する遺伝子治療、Nusinersenだが、この臨床治験論文が2月15日号のThe New England Journal of Medicineに発表されたので紹介する。イタリアのCattolica del Sacro Cuore大学を中心としたチームから発表され、タイトルは「Nusinersen versus sham control in later onset spinal muscular atrophy(遅発型の脊髄性筋萎縮症に対するNusinersenの効果)だ。

Nusinersenの詳しい作用機序は省くが、アデノ随伴ウイルスベクターを使って短いRNA断片を発現させることでmRNAに働いてスプライシングを変化させ正常化させる効果を持つ遺伝子治療で、直接ゲノムに働くわけではない。しかし、これまで発表された、早い発症のSMに対する最初の治験では大きな効果が見られることが紹介された。この論文は、効果を遅発性のSMでも確かめるための多施設が参加する第3相治験の結果の報告だ。

この研究では179人のSMにかかった子供を集め、そのうち126人を選んで、84人にnusinersen投与、42人に偽薬の投与を行っている。髄腔注射なので、偽薬の場合にもこの注射を行っている。実際の投与は、274日間で4回。15ヶ月で効果を判定し、その段階で偽薬群の子供も、Nusinersenの投与を受け、経過を観察している。

専門ではないので、効果判定に使われた指標HFMSEについて実感はないが、この指標を含むすべての検査で、大幅な機能改善が認められたという結果だ。髄腔内投与が必要なため、様々な副作用が現れることが予想される。実際、ほとんどの患者さんで、軽微な訴えは起こるが、すべて髄腔内投与に伴うものだ。一方、肺炎を含む深刻な副作用も、偽薬群の方が多いことから、結局は髄腔内投与によるものと考えられ、SMの症状が改善することで、重大な副作用も減ると期待できる。

結論的には、期待どおり第3相の治験でも半分以上の子供に絶大な効果が認められた。詳しく見ると、症状が出てからできるだけ早く治療を始めた方が効果が高く、また発症年齢が早いほど効果が高いようだ。

めでたしめでたしの結果だが、読んだ後やはり気になるのは、治療費のことだ。FDAに認可され最初の価格設定が数千万円に上ることがわかった。せっかく治験が終わっても、患者さんが治療を受けることができない状況がますます深刻になるとすると、医学研究の勝利どころではなくなる。これは保健でなんとかカバーすればいいという問題ではなく、新しい医療をどう利用可能なものにするのか、その上で製薬会社やベンチャー企業のインセンティブが維持されるのか、真剣に議論する時が来たことを示している。議論は簡単でなく、まとめるのは難しい。だからこそ一刻も早く我が国でも、議論を始めてほしい。
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2月21日:カエルならではのおもしろい発生研究(Natureオンライン版掲載論文)

2018年2月21日
私たちの学生時代、発生学というとカエルを用いた研究が花形だった。実際、教養時代発生学を習ったが、ほとんどアフリカツメガエルの話だったような記憶がある。その後も、アフリカツメガエルは長く発生学のモデル動物として花形の地位を占めていた。これは何よりも、胚が大きく、移植や細胞注入などの胚操作が他の動物と比べてやりやすいというメリットがあったからだ。しかし、発生遺伝学が発生学の中心になるにつれ、徐々にカエルの研究者の数は減ったと思う。幸い、我が国の研究者も含む、カエル研究者の努力の甲斐あって、最近アフリカツメガエルのゲノムが明らかになった。今後、胚操作の有利な点を生かして、様々な研究が出てくるのではと期待している。

今日紹介するロンドン大学からの論文は、カエルの利点を存分に生かしたと思える研究でNatureに先行発表された。タイトルは「Tissue stiffening coordinates morphogenesis by triggering collective cell migration in vivo(組織の硬さが生体内での集合的な細胞移動の引き金を引くことで形態形成を調整する)」だ。

タイトルにあるように細胞移動を誘導するのが、周りの組織の硬さが変わることであるという、発生学では極めて新鮮な話だが、おそらくこのグループはこのことを最初から着想してこの研究を始めている印象がある。

この研究では、これから移動するという段階と、まだ移動するまでには成熟していない段階の頭部神経堤細胞を、ホストを入れ替えて移植する実験を行い、神経堤細胞ではなく、ホストの環境が移動するかどうかを決めていることを見出す。このような場合、発生学者はホスト側に発現する分子を探索するのだが、著者らはこの探索を簡単に済まして分子発現の問題ではないと決めた上で、原子間力顕微鏡を用いて組織の硬さを計測し、神経堤細胞の移動が見られる時には、細胞が移動する中胚葉組織が硬くなっていることを発見する。さらに、この硬さが決してマトリックス分子ではなく細胞自体の硬さであることを確認している。

この結論を確認するため、さらに中胚葉器質を機械的に壊したり、あるいは細胞骨格のミオシンの発現を抑制することで硬さを低下させると、神経堤細胞の移動が抑制されることを示している。

一方、まだ移動が始まっていない胚にミオシンを過剰発現させることで組織を硬くすると、それだけで移動が始まることも確認している。

とはいえ、一定の硬さがあれば細胞自体は必要なく、試験管内でホストの中胚葉と同じ硬さのマトリックスを用意すると、その上を神経堤細胞は移動するが、柔らかいと移動できない。

神経堤細胞側の、硬さのセンサーについても検討し、インテグリン、ビンキュリン、タリンから成るメカノセンサーを抑制すると、移動が強く抑制されることを示している。これも理解しやすい実験だ。

では何が中胚葉の硬さを決めているのかについて調べ、最終的には中胚葉の細胞密度が一定のレベルに達した時、細胞移動が始まることを明らかにしている。また、この移動には中胚葉がplanar polarity(平面極性)を維持することが必須であることも明らかにしている。

私も神経堤細胞の研究に関わっていたが、細胞移動の誘導が中胚葉の硬さとは、全く予想外で新鮮な結果だ。しかし、特にこれまで理解していたことと矛盾するわけではなく、納得できる。同じことは、がんの進展や転移にも言えるかもしれない。特に、今現役の研究者と一緒に取組んでいる膵臓癌の理解にもヒントがあるような気がした。
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2月20日 腎臓癌の免疫療法感受性(2月16日号Science掲載論文)

2018年2月20日
1昨年より転移性の腎臓癌に対して抗PD-1抗体を使う治療が保険適用になっている。もともと腎臓癌にはインターフェロン療法が行われており、ガン免疫が成立している可能性が高いと考えられてきたことから、ある意味で当然とも言えるが、この場合もだいたい20−25%の患者さんに効果が見られ、完全に腫瘍が消失するのは1%程度だ。結局、誰に効果があるかどうか予測することは難しい。

今日紹介する米国・ダナファーバーがんセンターを中心とする研究は、腎臓癌の中でオブジーボが効く可能性を予測するマーカーの開発研究で2月16日号のScienceに掲載された。タイトルは「Genomic correlates of response to immune checkpoint therapyes in clear cell renal cell carcinoma(腎臓の明細胞ガンのチェックポイント治療に対する反応性と関連するゲノムマーカー)」だ。

この研究でも対象は転移性の腎臓癌で、まず癌組織を取り出しエクソーム解析をした後、抗PD-1抗体あるいは抗PD-L1抗体治療を行っている。効かなかった患者さんでは3ヶ月で抗体投与を中止しているが、一定の効果が見られた患者さんでは抗体を投与し続けている。このようなコホート研究の結果、チェックポイント治療の効果があった患者さんと、そうでない患者さんのゲノムを比べ、抗体の効果と相関する遺伝子を探索すると、PBRM1と名付けられた、クロマチンの調節に関わるPBAF複合体のメンバーと強く相関することがわかった。生存曲線をPBRM1が欠損した癌と、それ以外で比べると、2,5年の時点で7割を超す患者さんが効果を維持している。

はっきり言って、話はこれだけだが、臨床的には重要な発見で、今後腎臓癌に対するオプジーボなど免疫チェックポイント治療を行うとき、PBRM1遺伝子を効果予測のマーカーとして使える可能性が示された。さらに、PBRM1が欠損しているのに治療が効かなかった患者さんの癌の解析から、癌抗原を提示するために必要なβ2ミクログロブリンの発現が抑えられている時はPBRM1が効かないことも明らかにしている。すなわち、この分子はガン自体の持つ免疫刺激性に関わる。 ただこれだけではそっけないので、最後にPBAF複合体が欠損している癌を調べ、PBRM1が欠損すると、IL-6やその下流、そしてTNFαなど、周辺のT細胞に働きかけて癌免疫を刺戟する分子が上昇していることを確認している。特にJAK-STAT3はインターフェロンシグナルにも関わっているので、これまでの腎癌治療法ともつながってきたように思える。逆にこの結果は、PBRM1が欠損しない患者さんでも、免疫を高めてチェックポイント治療を高めることが可能になるかもしれないことを示唆している。 昨日と同じで、クロマチンの調節分子が全くランダムではなく、特定の機能に関わる可能性を示す論文だが、もともと癌ではBAFやPBAFの構成分子の突然変異が多いことも知られており、個人的にはうなづける。 ほかのガンについても、ネオ抗原以外に同じような効果予測マーカーが続々明らかになるのを期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月19日:HDAC3から芋づる式にミエリン形成の分子機構を明らかにする(Nature Medicineオンライン掲載論文)

2018年2月19日
私たちの学生の頃は、アスピリンですら作用機序が明確になっているわけではなかった。ところが現在は、分子標的のわかった化合物を数多く利用することができるようになった。このおかげで、対象となる生物現象さえ明確に定義できておれば、化合物を用いて知りたい分子の機能を比較的簡単に調べることができる。しかし一般的にこの方法が通用するのは、化合物が作用する分子が対象となる現象に特異的に関わっている必要がある。したがって、DNAのメチル化酵素や、ヒストンの脱アセチル化酵素など、化合物の標的は特異的でも、分子そのものが様々な標的に働く場合、なかなか因果性を特定するのが難しいと思っていた。

今日紹介するシンシナティ大学からの論文は、ヒストン脱アセチル化酵素の阻害剤からでも、うまくいけば因果性がはっきりした生物現象を引っ張り出せることを示した論文でNature Medicineオンライン版に掲載されている。タイトルは「A histone deacetylase-3-dependent pathway delimits peripheral myelin growth and functional regeneration(ヒストン脱アセチル化酵素−3依存性の経路が末梢のミエリンの増殖と機能的再生の範囲を制限する)」だ。

この研究は、様々なエピジェネティックな分子に対する阻害剤を、シュワン細胞のEgr2発現誘導を指標にスクリーニングし、ヒストン脱アセチル化酵素のうちHDAC3にたいする阻害剤を特定するところから始まっている。次にEgr2発現だけでなく、試験管内でのシュワン細胞分化への影響を調べると、期待どおりシュワン細胞への分化がHDAC3阻害剤で促進された。一方、同じHDACでもHDAC1/2は逆の効果を示したことから、ヒストン脱アセチル化酵素でも、作用はまったく異なることが明らかになった。

次に生体内での効果を生後7日から15日までHDAC3阻害剤を注射して調べると、EGR2遺伝子の発現を含む、ミエリン化に関わる分子の発現上昇が誘導され、ミエリン化が促進される。すなわち、生後の神経発生でHDAC3阻害はミエリン化を促進する。

次に、阻害剤の効果を脊髄損傷後の再生モデルで調べると、やはりミエリン化が促進し、運動機能の回復が見られることも確認している。以上の結果から、発生でも再生でもHDAC3阻害により、ミエリン化が促進されることが確認された。

この効果をHDAC3ノックアウトモデルで確認した後、後はこの効果に関わる分子経路を探索し、HDAC3は様々なミエリン化に関わる分子系路を抑制する一方で、p300と協調すると、逆にミエリン形成抑制分子の発現を高めることを明らかにしている。詳細を省いてこの研究から明らかになったHDAC3により調節される腫瘍分子経路をまとめると、まずHDAC3阻害によりニューレグリンとその下流のシグナル分子の発現が促進し、一方でHDAC3+p300で活性化されていたYap下流のTEAD4が抑制されることにより、強くミエリン化が促進されるというシナリオだ。実際、TEAD4をノックアウトするだけでもミエリン化が促進することも確認している。

最初読み始めた時、あまり特異的シグナル経路が明らかになるとは期待していなかったが、HDACはなかなか奥が深いことをよく理解できた。実際には、さらに多くの分子がHDAC3の調節をネガティブにもポジティブにも受けていることから、他の分子の影響もおいおい明らかになるのだろう。現在HDAC阻害剤の抗がん作用が注目されているが、ミエリン化と同じで、ガン特異的効果を得ることが可能かもしれない。HDACについては少し考えを改めることにする。
カテゴリ:論文ウォッチ
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