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3月7日 小児ガンのゲノム(Natureオンライン版掲載論文:Open Accessで自由に読めます)

2018年3月7日
小児や思春期に関する論文の紹介3日目は、やはりNatureに掲載された1699例の小児ガンについて、ゲノムや網羅的遺伝子発現を調べた大々的な研究で、メンフィスにあるセントジュード病院を中心に行われた研究だ。タイトルは「Pan^cancer genome and transcriptome analysis of 1699 pediatric leukemias and solid tumors (1699例の小児の白血病と固形ガンの横断的ゲノムとトランスクリプトームの解析)」だ。

大人のガンについては、米国NIHのTCGA(The Cancer Genome Atlas)を始め、様々なデータベースの整備が進み、例えばTCGAでは3万人を超す患者さんのがん細胞と、正常組織のゲノムがペアで蓄積されている。結果、TCGAはほとんどのガンゲノム研究論文で参照されており、このデータベースなくしてガンのゲノム研究はありえないというところまで来ている。ちなみに、わが国で何例のガン患者さんのデータベースができているのか、調べてみたが外野からは把握できなかった。メディアで「ゲノム医療プロジェクト始動」などと報道されている割には、どこに行けばそのデータが見られるのか、外部からはほとんど見えない状況のようだ。おそらく我が国の研究者も、結局はTGCAを頼ることになるだろう。

ちょっと脱線したが、大人のガンに対して、子供や思春期のガンゲノムを横断的に解析した研究にはあまりお目にかかったことはなかったが、セントジュード病院からようやく論文が出た。論文はオープンアクセスで、誰でもが読める。さらに、論文の最後にすべてのデータがNCIのデータベースとして公開していることも述べている。

この研究では、小児に多いがん、急性リンパ性白血病(B-ALLとT-ALL)、急性骨髄性白血病(AML)、神経芽腫(NBL)、腎臓のウイルムス腫瘍、そして骨肉腫の6種類、1699症例を、全ゲノム解析(WGS)、エクソーム解析(EA)、そしてmRNAの発現を調べ、個々のガンの特徴とともに、小児がん全体の傾向を掴もうとしている。

データの解釈をほとんどせず、淡々と結果を述べているので、はっきり言ってわかりにくい論文になっているが、ガンのゲノム研究としてやれることはほとんどやった力作だ。私の自分勝手な解釈を交えながら、結果を箇条書きにしてまとめてみた。

1) まず大人のガンと比べて突然変異の数は少ない。これは様々な理由で起こった突然変異が蓄積することで発ガンが起こることを考えると、当然長く生きた大人に変異が多いのは頷ける。
2) 次に突然変異のメカニズムを調べているが、最も目立つのは時間とともに蓄積する「時計型」と言われる内在的要因で蓄積する変異で、分裂時のエラーなどが主な原因になる。おそらく、発生過程での細胞増殖時に生じたものが中心になっているのだろう。他には、相同組み換え型変異も多い。面白いのは、普通は紫外線で誘発される変異がB-ALLで多いことで、圧倒的にCC>TT:ピリミジンダイマー形成による変異だ。B細胞にUVが当たるとは思えないので、おそらくB細胞の分化過程で発現する特殊な遺伝子編集システムのせいでこのようなことが起こると思われる。事実、このタイプの変異を持つB-ALLでは染色体のロスが必ず伴っている。
3) 6種類のがんの中で、B-ALLはほとんどのタイプの変異のメカニズムを持っている。おそらく、骨髄内で急速に増殖すると同時に、遺伝子再構成というゲノムストレスにさらされるからだろう。
4) トータルの突然変異の数は少ないものの、ほとんどのケースで増殖を刺激する遺伝子と、ガン抑制遺伝子の変異が揃っている。詳細は省くが、その半分以上は小児がん特異的で、これまでのTGCAやCancer Gene Censusなどのデータベースに見つからない変異が多い。
5) 小児がんの場合、変異遺伝子の組み合わせの種類は少なく、決まったセットの遺伝子が変異していることが多い。逆に、変異同士で排除する組み合わせもはっきり存在する。
6) ガンの増殖に関わると思われる変異は、幾つかのシグナル経路に対応させることができる。一般的に、シグナル伝達経路は、増殖因子から転写に至る上流から下流までの分子が支えているが、どの分子が変異するかが細胞の種類で決まっている。このことは、ガン発生の経路が小児の場合比較的限定されていることを意味しているように思う。
7) 転写と変異との関係も調べられており、認められた全変異のうち3割がガン細胞で発現している。そのうちの多くが、染色体同士で発現の差が認められることから、エピジェネティックな調節により、片方の染色体での遺伝子発現が変化することが、ガン発生に関わるケースが多いと考えられる。

詳細をすっ飛ばして紹介してもこのぐらいの量になってしまう内容だ。また、まとめには私の勝手な解釈が入っているので、間違っている場合は許してほしい。

いずれにせよ、小児のガンは、大人のガンとは全く違うというこれまでの常識が、改めてゲノムから確認できた。今後、治療法開発といった研究レベルだけでなく、がんの診療にあたっても重要な情報になると思う。問題は、現場の小児科のお医者さんにとっては、なかなかこのようなゲノム研究の結果が実感としてわかりにくいことだろう。若い学生さんの教育は言うまでもなく、ぜひ現場を担っているお医者さんにも、このようなデータをわかりやすく翻訳して伝えていく仕組みが欲しいと思った。
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