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第5回 ドイツへの眼差し: 廣渡清吾先生による 「現代ドイツにおける市民社会論」講演をAASJチャンネルにアップしました

2018年3月12日
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AASJチャンネルシリーズ 「ドイツへの眼差し」第5回は、東大名誉教授の広渡清吾先生の「現代ドイツにおける市民社会論」の講演です。東京ドイツ文化センターまで収録に行きました。2015年の安保保証関連法案に対して厳しい批判を展開され、多くの共感を集めた先生ですが、今回は極めて学問的な構成で市民社会概念の成立と変遷についてお話しいただいています。ぜひご覧ください。YouTubeサイトは https://www.youtube.com/watch?v=buFTh5JhSyA  です。
カテゴリ:セミナー情報新着情報

3月12日:TGFシグナルはRNAのメチル化に関わる(3月8日号Nature掲載論文)

2018年3月12日
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RNAのメチル化が様々な生物学的過程に関わることが続々明らかになり、このブログでもすでにすでに6回この関係の論文を紹介している。ただ、研究はどうしてもメチル化に関わる酵素をノックアウトした時に何が起こるかという話にとどまっており、特定の生物現象全体への関わり方についてのシナリオを提案するまでにはなかなか至っていないようだ。

その意味で、今日紹介する英国ウェルカムトラスト・MRC幹細胞研究所からの論文は、このシステムの新しい側面を示した力作だと思う。タイトルは「SMAD2/3 interactome reveals that TGFβcontrols m6A mRNA methylation in pluripotency(SMAD2/3結合タンパクの網羅的解析によりTGFβが多能性でのmRNAのメチル化を調節していることが明らかになった)」だ。

このグループはヒト多能性維持メカニズムを長年研究しており、多能性にとってactivin/nodalシグナルが必須であることを示してきた。この研究はその延長で、このシグナルと多能性をつなぐシグナル経路を明らかにしようとしている。ともすると、入り口がactivinと決まると、あとは典型的下流を思い浮かべてそれで終わらすのだが、著者らはactivin受容体が活性化するSMAD2/3と反応する分子をすべてリストしてシグナルの全像を捉えようとしている。

そのためにSMAD2/3を免疫沈降して、これらの分子と複合体を形成する分子をリストしている。この結果、SMAD2/3がDNA転写因子として働く時に協働する様々な分子以外に、DNA修復系をはじめとして、これまで示されたことのない様々な分子経路と結合していることをまず明らかにしている。

その上で、著者らの目を最も引いたのが、mRNAのアデノシンをメチル化する酵素群で、この研究ではこの経路に絞ってさらに研究を進めている。

まず、多能性幹細胞でactivin-nodalシグナルをブロックして、内胚葉系への分化が進むと、SMAD2/3とRNAメチル化酵素群の結合が外れ、メチル化RNAの量が低下することを示し、確かにmRNAのメチル化調節がactivin-nodalシグナル下流で働いていることを示している。

この結果を手掛かりに、多能性の維持と分化誘導にactivinに始まるこの経路の分子過程と、生物学的意義について調べている。おそらく最も重要な発見は、SMAD2/3がRNAメチル化酵素複合体と結合することで、ゲノム上で転写が起こる時にメチル化する標的RNAを決めているという発見だろう。詳細を省いて最終的なシナリオについて紹介すると以下のようになるだろう。

SMAD2/3が標的DNAに結合して転写が始まると、これにRNAメチル化酵素群が結合し、転写したmRNAをメチル化する。このメチル化されたRNAの中には、アクチビンシグナルで発現が維持されているNANOGも含まれるが、このような多能性を維持するために必要なRNAの分解が早まることで、多能性はより持続的シグナルを必要とするようになる。逆に、シグナルがなくなると多能性に関わるRNAはすぐに分解され、分化が速やかに誘導されるという、納得のシナリオだ。おそらく今後、このシナリオを他の過程にも当てはめる試みが進む予感がする。一つ勉強したという論文だった。

私事になるが、この論文を発表したウェルカムトラスト・MRC幹細胞研究所が合併する時期、私はウェルカムトラスト研究所のアドバイザリーボードを務めた。合併してからは、ウェルカムトラストのアドバイザリーがそのまま全体のアドバイザリーに移行した。ウェルカムトラス研究所はより基礎的な幹細胞研究のために設立され、MRCの方はより臨床に軸足を置いた研究所だった。したがって、それぞれの文化が上手く融合できるか、アドバイザーとして色々議論したが、辞めてから論文を通してこの研究所の業績を見ていると、両者が本当に上手く相乗効果を発揮できているように思っている。当時を振り返ると、英国にはあって、残念ながら我が国にはない成功の秘密がよくわかる。我が国の研究力が低下しているのは、決して予算の問題だけではない。科学者からの声を聞いていると、なんとなく人任せに聞こえるが、日本科学の再生には、全員が自分のこととして、何が必要で、自分はどうか関れるのか問い直す以外に方法はないだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月11日:スマートフォンに血圧測定機能を持たせる(3月7日Science Translational Medicine 掲載論文)

2018年3月11日
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全世界のスマートフォンユーザーがなんと30億人を超えたと聞く。もちろん便利だからこれだけの人が使うのだが、コンパクトなモニターと様々なセンサーを内蔵していることで、その用途は拡大し続けている。特に、健康管理分野はライフログのアプリを始め、各社最も力を入れている分野だ。ところが、健康管理の入り口と言える血圧測定はスマートフォンでは実現していなかったようだ。今日紹介するミシガン州立大学からの論文はスマートフォンに正確な血圧測定装置を実装することが可能であることを示した論文でScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Smartphone-based blood pressure monitoring via the oscillometric finger pressing method(指を押し付けて血流振動を計測することでスマートフォンを用いて血圧をモニターする)だ。

血圧がスマートフォンで測定できていないと聞いて驚く方も多いだろう。私も最初この論文がどうしてScience Translational Medicineのようなトップジャーナルに掲載されたのか驚いた。実際、この研究で開発された装置では、光プレスチモグラフ(PPG)と呼ばれる方法を用いた脈波センサーと圧力センサーを組み合わせて血圧を測定しているが、例えばサムソンギャラクシーではそれぞれを実装した機器が発売され、例えば心拍数測定に利用されている。またPPGを使った血圧モニター存在するようだ。特に新しいデバイスが開発されたわけではない。

しかし血圧測定では収縮期圧と拡張期圧の両方を測定する必要があるが、これまでPPGを使った血圧測定と称するものは、収縮期圧と相関するだけの便宜的なものだった。血圧が健康管理の最初の入り口だとすると、30億人のユーザーの血圧を瞬時に測れるならトップジャーナルの興味を引くのは当然だと納得した。

この研究では、PPGセンサーの上に圧力センサーを重ね、指の第一関節を押し付けた後、圧力を加えながら動脈を流れる血液量の変化を測ることで血圧を測っている。要するに、これまで別々に実装されていた二つのセンサーを組み合わせれば血圧も測れるというアイデアだ。一般の血圧計で、カフを膨らませて圧力をかける操作そ、圧力センサーに自分で指を徐々に強く押し付けるという操作に代え、拍動音を聴診器で聞く代わりに、PPGセンサーで動脈の血液量の振動を測ることで代えている。

この研究ではスマフォに装着できる薄い測定装置を製作し、それをスマフォに内蔵されたものと見立てて、通常の方法で測った血圧と比べながら実用性を検証している。結果として、現在病院で利用されている指で測る測定器と同等の性能を持っている事を示している。

もちろん、更に改良は必要だが、簡単で、今のスマートフォンメーカーなら、明日からでも薄い装置の中に実装できるシステムである点がこの論文の売りだろう。ある日、日本全国で同時にスマフォユーザーの血圧を測定して集められる日が現実になりつつあると思うと、これは革命だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月10日 心臓発作と活性脂肪酸

2018年3月10日
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一般の方々は別として、研究者や医師の間では、糖尿病や動脈硬化を炎症という枠組みで捉えることが一般的になっている。しかし、一般の方も最近オメガ脂肪酸が体にいいという話はよく聞かれると思うが、これもオメガ脂肪酸が炎症を抑える様々な脂肪代謝物質の原料になっていると考えられているからだ。特に最近、白血球により作られるこのような脂肪代謝物資SPM(specialized pro-resolving mediator)が強い抗炎症作用を持っていることが注目されるようになってきた。
今日紹介するロンドン大学からの論文は、このSPMの中のRvDn-3 DPA(n-3 docosapentaenoic acid-derived D-series resolvin)の血中レベルが大きな日内変動を示し、心臓血管病の発症に強く関わっていることを示す研究で、Circulation Researchオンライン版に掲載された。タイトルは「Impaired Production and Diurnal Regulation of Vascular RvDn-3 DPA IncreasesSystemic Inflammation and Cardiovascular Disease(RvDn-3 ドコサペンタノイックアシッドの日内変動の異常が全身の炎症を高め心臓血管病に関わる)」だ。

研究では健常人の血液を定時的に採取し、含まれるSPMを測定し、その中から最も日内変動の大きいSPMとしてRvDn-3 DPAを選んでいる。このSPMは朝7時前に最も高く、午後2時ごろに最も低くなる。この日内変動を調節する直接の要因を調べ、血中のAch濃度と最も高い相関があること、および試験管内で血液にAchを加えると、RvDn-3 DPAが上昇することから、脳内でのAchのリズムがRvDn-3 DPAのリズムの原因であると結論している。

次に血中の白血球の活性化マーカーを調べると、RvDn-3 DPAの変動と逆相関する。即ち、生体内でRvDn-3 DPAが低下すると白血球が活性化される。そして、活性化された白血球に血小板が凝集する。即ち、RvDn-3 DPAの低い時間帯では梗塞の危険性が高まることを示唆している。

そこで、例えばカテーテル治療を必要としたような心臓血管病の患者さんについてRvDn-3 DPAを調べると、日内変動が壊れ、持続的に低くなっており、これに対応して白血球が活性化されている。ただこの異常は、心臓血管障害によりアデノシンの血中濃度が持続的に高まることが原因ではないかと結論している。

最後に動脈硬化モデルマウスを用いた動物実験で、RvDn-3 DPA投与が白血球と血小板の凝集を抑える働きがあることも確認している。
朝にRvDn-3 DPAが最も高く、炎症が抑えられているのは少し意外な気がする。しかし、様々な外界からの刺激を受ける昼間に低下して、炎症が起こりやすくするのは理にかなっているように思える。

ただ心臓病の方から考えると、この結果も理にかなっているように思えてくる。心筋梗塞などは朝起きてからに起こりやすい。そんな朝にRvDn-3 DPAを高めて白血球と血小板の凝集を避けることで、このような発作を防いでくれているなら納得だ。そして、動脈硬化が進んでアデノシンが多く血中に流れ、この防御機構が壊れると当然発作は起こりやすくなる。とすると、RvDn-3 DPAは発作の魔の時間を防ぐ重要なメカニズムに思えてくる。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月9日:心臓再生:Simple is the best(3月22日Cell掲載論文)

2018年3月9日
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心筋梗塞で失われた細胞は再生することなく瘢痕化して、命は取り止めても機能は回復しない。この状況をなんとか克服できないかと、様々な試みが行われている。例えば、瘢痕化したファイブロブラストを心筋にリプログラムする方法は10年近く前から多くの論文が発表されているが、臨床応用については把握していない。他にも、このブログではマトリックス分子を用いた再生方法も紹介した(http://aasj.jp/news/watch/4115)。

要するに心筋細胞は成熟すると細胞増殖を開始できない。このメカニズムを研究するより、細胞周期に関わる分子を導入して分裂させればいいという発想の研究が今日紹介するグラッドストーン研究所からの論文だ。タイトルは「Regulation of cell cycle to stimulate adult cardiomyocyte proliferation and cardiac regeneration (大人の心筋細胞の増殖と心臓再生を細胞周期調節を通して刺激する)」だ。

おそらくこのような研究は何度も行われてきたのだと思う。ただ、あまりにも工学的な発想で、まともな生物学ではあまり注目しない手法だ。しかし、結果よければCellでも掲載してくれるようだ。

この研究では、成熟した心筋の増殖を誘導できる細胞周期分子を探索している。いろいろスクリーニングをやったように書いてあるが、結局到達したのがG1期の調節因子CDK4+CyclinD1と、G2期の因子Cyclin BとCDK1の4分子を導入すると、 G1もG2止まることなく回転する。さらに、過剰発現しても、周期に合わせてタンパク質が分解されるというごく当たり前の話だ。ただ、細菌や酵母の話と違って、心筋細胞でも同じように簡単にいくのが驚きだ。

この組み合わせは、人間の細胞も、マウスの細胞も同じように動かすことができ、生体内で心筋細胞の増殖を誘導できる。そして何よりも、心筋梗塞後1週間目の心臓に遺伝子を導入すると、コントロールと比べて再生が高まる。驚くことに、瘢痕に存在する線維芽細胞にはこの分子は効果がなく、心筋細胞特異的のようだ。

最後に、4分子を同時に導入するのはいかにも現実味に欠けるので、G2サイクリンの阻害分子Wee1を阻害する化合物と、細胞分化を誘導するTGFβ阻害を介したG1期抑制分子p27分子の抑制を組み合わせることで、サイクリンBとCDK1を2種類の阻害剤で置き換えられ、実際心筋再生もうまくいくという結果だ。

発想は、オーソドックスというか、古いというか、細胞周期の複雑な調節を知っていると到底うまくいくとは思えないが、それがすんなりうまくいったという話で、この意外性にCellも掲載することにしたのだろう。しかし、線維芽細胞は動かないのに、なぜ心筋細胞のみが動くのかなど、面白い話もある。いずれにせよ、臨床を考えるとSimple is the bestだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月8日:自閉症児の脳の活動と機能の関連を調べる(eLife掲載論文)

2018年3月8日
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児童特集4日目は自閉症児の脳波による脳内活動を、症状と相関させようとするジュネーブ大学からの論文でeLifeにオンライン掲載されている(DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.31670:これもフリーアクセスの論文でぜひ読んでみてほしい)。タイトルは「Early alterations of social brain networks in young children with autism(自閉症と診断された幼児の社会性の脳回路に早期から見られる変化)」だ。

自閉症スペクトラム(ASD)が主に発生時と発達時期の脳回路の形成の異常として発生することはほぼ間違いのない事実と考えられるようになっている。原因として複雑な遺伝子変化の組み合わせによる遺伝的要因が大きいが、母体が晒されている低栄養、アルコール、感染、発熱、炎症、そして神経刺激物質(治療薬を含むあらゆる神経刺激物質)などありとあらゆる外的要因もリスクを高める。従って、できる限りこれらの要因を取り除くことが現在私たちにできる唯一の予防と言える。

とはいえ、脳の可塑性を信じて、生後脳回路を一般児に近い形に変えられないかという研究は、ASDの頻度から考えても21世紀医学の重要な課題だ。そのためには、症状に対応する脳回路の変化を明らかにする必要があり、多くの研究が現在行われているが、なかなか決め手にかけることも事実だ。今日紹介するジュネーブ大学の論文もその典型だ。

この研究は決して試行錯誤を繰り返すという研究ではなく、最初から著者らが考える仮説があるが、脳研究では珍しいことではない。脳イメージング研究の場合、情報処理に強く依存するので、ROIと呼ばれる特に注目すべき場所がある方がモデルが立てやすい。

まずASDにかかわる領域として、眼窩前頭野、内側前頭前皮質、上側頭皮質、側頭極、扁桃体、楔前部、側頭頭頂境界、前帯状皮質、そして島皮質をつなぐ社会脳と言われる部分に異常があると予想して研究を進めていると思う。

この研究の売りは、2−4歳という極めて早い段階のASDの子供を集め、麻酔なしで高密度の脳波を記録している点で、この時期の子供は静かにしないので、忍耐強く動きの少ない時の脳波を集めている。このため、集めた半分の対象は、動きすぎて研究から除外せざるをえなくなっている。

そして記録した脳波活動は、脳波の波長別に脳内各領域の結合を示す指標Summed Outflowに転換している。これは脳をネットワークとして各部位の活動を起こす神経的因果性を調べるGrangerモデルを用いて計算しているが、要するに各部位から様々な領域への情報の伝達量と考えればいい。

この方法でまず各領域から流れる情報の量を計算してみると、ほとんどの情報がテータ波とアルファ波により伝達されている。これまでの研究でテータ波は社会的刺激による反応で上昇することが知られており、期待通りだ。また、各波長でASD特異的にSummed Outflowが高まっている領域は、先に挙げた社会性脳のネットワーク内の6カ所に認めることができる。また、領域間での結合性を調べ、ASDでのSummed Outflowの高まりは、社会性脳のネットワークでの情報のやり取りの高まりの結果であることも示している。

最後に、ASDの症状を様々なガイドラインに沿って評価し、各領域の活動との相関を調べ、それぞれの領域の活動の上昇は、異なる症状の程度と逆の相関を示すことを示している。例えば、VABS-2と呼ばれる適応行動を総合的に評価する指標は、文字の処理に関わるLingual領域の活動と相関を示すし、遊びながら測定できるPEP-3と呼ばれる教育診断検査指標は、横側頭回や弁蓋部のsummed outflowと相関する。そして、自閉症児の目の動きを一般児と比べると、目の動きの変化は、帯状回と特に強い相関がある。

ここで用いられる指標は、高いと症状が重いことを示すことから、筆者らは今回示した領域の活動の高まりは、回路の異常を正常化しようとする補償的な活動ではないかと結論している。 まとめると、1)覚醒時の脳波記録によりASDを早く診断できること、2)ASDの個々の症状を別の領域の活動と相関させられること、などを明らかにした点がこの研究の重要性だが、治療へのアイデアが出るというところまでは到達していない。現在行われている様々な早期介入研究でも、同じような手法での評価が使われ、なんとか治療への道が開けて欲しいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月7日 小児ガンのゲノム(Natureオンライン版掲載論文:Open Accessで自由に読めます)

2018年3月7日
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小児や思春期に関する論文の紹介3日目は、やはりNatureに掲載された1699例の小児ガンについて、ゲノムや網羅的遺伝子発現を調べた大々的な研究で、メンフィスにあるセントジュード病院を中心に行われた研究だ。タイトルは「Pan^cancer genome and transcriptome analysis of 1699 pediatric leukemias and solid tumors (1699例の小児の白血病と固形ガンの横断的ゲノムとトランスクリプトームの解析)」だ。

大人のガンについては、米国NIHのTCGA(The Cancer Genome Atlas)を始め、様々なデータベースの整備が進み、例えばTCGAでは3万人を超す患者さんのがん細胞と、正常組織のゲノムがペアで蓄積されている。結果、TCGAはほとんどのガンゲノム研究論文で参照されており、このデータベースなくしてガンのゲノム研究はありえないというところまで来ている。ちなみに、わが国で何例のガン患者さんのデータベースができているのか、調べてみたが外野からは把握できなかった。メディアで「ゲノム医療プロジェクト始動」などと報道されている割には、どこに行けばそのデータが見られるのか、外部からはほとんど見えない状況のようだ。おそらく我が国の研究者も、結局はTGCAを頼ることになるだろう。

ちょっと脱線したが、大人のガンに対して、子供や思春期のガンゲノムを横断的に解析した研究にはあまりお目にかかったことはなかったが、セントジュード病院からようやく論文が出た。論文はオープンアクセスで、誰でもが読める。さらに、論文の最後にすべてのデータがNCIのデータベースとして公開していることも述べている。

この研究では、小児に多いがん、急性リンパ性白血病(B-ALLとT-ALL)、急性骨髄性白血病(AML)、神経芽腫(NBL)、腎臓のウイルムス腫瘍、そして骨肉腫の6種類、1699症例を、全ゲノム解析(WGS)、エクソーム解析(EA)、そしてmRNAの発現を調べ、個々のガンの特徴とともに、小児がん全体の傾向を掴もうとしている。

データの解釈をほとんどせず、淡々と結果を述べているので、はっきり言ってわかりにくい論文になっているが、ガンのゲノム研究としてやれることはほとんどやった力作だ。私の自分勝手な解釈を交えながら、結果を箇条書きにしてまとめてみた。

1) まず大人のガンと比べて突然変異の数は少ない。これは様々な理由で起こった突然変異が蓄積することで発ガンが起こることを考えると、当然長く生きた大人に変異が多いのは頷ける。
2) 次に突然変異のメカニズムを調べているが、最も目立つのは時間とともに蓄積する「時計型」と言われる内在的要因で蓄積する変異で、分裂時のエラーなどが主な原因になる。おそらく、発生過程での細胞増殖時に生じたものが中心になっているのだろう。他には、相同組み換え型変異も多い。面白いのは、普通は紫外線で誘発される変異がB-ALLで多いことで、圧倒的にCC>TT:ピリミジンダイマー形成による変異だ。B細胞にUVが当たるとは思えないので、おそらくB細胞の分化過程で発現する特殊な遺伝子編集システムのせいでこのようなことが起こると思われる。事実、このタイプの変異を持つB-ALLでは染色体のロスが必ず伴っている。
3) 6種類のがんの中で、B-ALLはほとんどのタイプの変異のメカニズムを持っている。おそらく、骨髄内で急速に増殖すると同時に、遺伝子再構成というゲノムストレスにさらされるからだろう。
4) トータルの突然変異の数は少ないものの、ほとんどのケースで増殖を刺激する遺伝子と、ガン抑制遺伝子の変異が揃っている。詳細は省くが、その半分以上は小児がん特異的で、これまでのTGCAやCancer Gene Censusなどのデータベースに見つからない変異が多い。
5) 小児がんの場合、変異遺伝子の組み合わせの種類は少なく、決まったセットの遺伝子が変異していることが多い。逆に、変異同士で排除する組み合わせもはっきり存在する。
6) ガンの増殖に関わると思われる変異は、幾つかのシグナル経路に対応させることができる。一般的に、シグナル伝達経路は、増殖因子から転写に至る上流から下流までの分子が支えているが、どの分子が変異するかが細胞の種類で決まっている。このことは、ガン発生の経路が小児の場合比較的限定されていることを意味しているように思う。
7) 転写と変異との関係も調べられており、認められた全変異のうち3割がガン細胞で発現している。そのうちの多くが、染色体同士で発現の差が認められることから、エピジェネティックな調節により、片方の染色体での遺伝子発現が変化することが、ガン発生に関わるケースが多いと考えられる。

詳細をすっ飛ばして紹介してもこのぐらいの量になってしまう内容だ。また、まとめには私の勝手な解釈が入っているので、間違っている場合は許してほしい。

いずれにせよ、小児のガンは、大人のガンとは全く違うというこれまでの常識が、改めてゲノムから確認できた。今後、治療法開発といった研究レベルだけでなく、がんの診療にあたっても重要な情報になると思う。問題は、現場の小児科のお医者さんにとっては、なかなかこのようなゲノム研究の結果が実感としてわかりにくいことだろう。若い学生さんの教育は言うまでもなく、ぜひ現場を担っているお医者さんにも、このようなデータをわかりやすく翻訳して伝えていく仕組みが欲しいと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月6日思春期についての研究の重要性2(2月22日号Nature総説を中心に)

2018年3月6日
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今回、タイトル思春期としてしまったが、実際紹介している論文では、pubertyとadolescenceは区別されている。Pubertyは私たち日本人が考える思春期に近く、adolescenceは思春期から始まる、大人までの時期を指す。2回目の今日思春期というのは、よりAdolescenceに近いと考えて欲しい。わが国の元服や成人式からも言えるように、adolescenceは社会的要因により長くもなり、短くもなる。また、個人的事情でも長さは変わる。この身体的思春期と社会的思春期のギャップは、様々な問題を起こす。一般的に、先進国ほど社会的思春期は長くなる。

昨日紹介した2編の論文は、ともに身体的思春期を扱い、思春期が脳と身体にとって子供から大人への時期をつなぐ質的な転換期で、この発達で心と体は切り離すことができない。すなわち、身体の発達が遅れれば、脳の発達が遅れ、脳の発達の遅れが、身体の発達を阻害することを議論していた。言い換えると、発達生物学に基づいて思春期の行動を理解し直すことがいかに重要かを強調する論文だった。これに対し、今日紹介する3編の論文は、少し神経生物学を離れ、より発達心理学的、社会学的、行動学的研究をまとめた総説と言える。この3編のタイトルだけもう一度掲載しておく。

Natureから
2)Dynamics of body time, sociall time and life history at adolescence(思春期の生命史での体の時間と社会の時間)
3)Adolescence and the next generation(次世代と思春期)
Nature Human Behaviorから
5)Male antisocial behaviour in adolescence and beyond(男性の反社会的行動:思春期とその先)
まず最初の論文では、pubertyから続く思春期を子供と大人の時期をつないで、社会における自分の居場所であるニッチを確立する戦略的時期と位置づけ、この時期を身体的思春期を調節する内分泌の観点からまとめようとしている。例えば思春期の身体的発達に人種(遺伝)を超えた傾向がある。男性の身長だが、身長の基本は遺伝的要因で決まるが、各国での身長の年次変化を見ると、遺伝的に決まる身長とは無関係に、同じように時代とともに身長が伸びていくのがわかる。初潮の時期も同じで、1840年のヨーロッパではなんと17歳前後だった初潮が、2000年には調べたすべての国で12歳前後に集中している。この結果は、思春期の内分泌を調節する基本システムが、栄養や環境で大きく影響されるだけでなく、大人への過程に関わるadolescence過程を支える社会システムによっても大きく影響されることを示している。すなわち、過去の社会システムは、思春期の始まりを抑えていたと言える。

このように、社会システムの違いを思春期がより拡大してみせることを知ることで、思春期を助ける社会のあり方が見えてくるというのが、この総説の結論と言って良いだろう。ちょっと議論が上滑りしている印象だった。

次の論文は、この大人へ移る戦略期間と言える思春期を、次の世代を産み育てる親としての準備期間と捉え、この時期がどうあるべきか議論した総説で、多くのデータが示されている。

初産の年齢は、経済発展とともに急速に高齢化している。例えば開発途上の南アジアでは、30%が18歳までに出産を経験するが、先進国では2%以下になっている。

では、最初の出産までの期間は、生まれてくる子供にどのような影響があるのか?これについては発達途上国で多くの調査が行われている。結論的に言うと、10代での出産では新生児死亡率は高く問題が多い。これは決して途上国に限った現象ではなく、一定の母体保護が行われている先進国でも同じ傾向が見られ、途上国で母体を保護しても、若い出産による様々な問題を解決することは難しい。このことから、出産までの成熟には時間が必要であることがわかる。

一定の思春期の長さが重要なのは精子を提供する男親にも言える。この原因の一つは配偶子の成熟にエピジェネティックな過程が関わることが考えられるが、現在ガンビアやバングラデッシュなどの開発途上国の思春期の若者から配偶子を採取し、成熟個体の配偶子とエピジェネティックな違いを調べる研究が進んでおり、生物学的年齢と、環境との関わりが明らかにされると期待できる。もう一つの要因として、著者らは精子や卵子形成で十分なRNAが配偶子に用意できていないことも重要な要因として考慮すべきだと結論している。もちろん着床など、母体側の要因も無視するわけにはいかないが、研究は進んでいない。

一方、思春期が早く始まり、大人への過程が長くなった先進国では、この準備期間の精神的状態が子供の健康に大きな影響を及ぼすこともわかってきた。事実先進国では、妊娠までに半分以上の女性が様々な精神的ストレスにさらされ、最も重要な子供の健康のリスク要因になっている。特に先進国では思春期のうつ病の発症率は途上国の2倍近い。さらに現代では、この長い期間に喫煙、アルコール、あるいは様々な薬剤により影響される確率も上がる。

もう一つ先進国の重要な問題が肥満だ。これまでの研究で、肥満の女性から巨大児、肥満児、代謝異常の子供、行動異常児が生まれる頻度が優位に高いことがわかっている。

このように、短い思春期も、長い思春期もそれぞれ独自の問題を抱えている。エビデンスに基づいてそれぞれに対する処方箋を早急に確立することが求められる。

最後の論文は、思春期にみられる男性の反社会性についての総説だ。特に、Dunedin研究という40年以上続けらたコホート研究からのデータを参考に書かれている。

私自身は学園紛争の中で大学時代を過ごし、ヒッピーなど反社会的であることが若者として当たり前と考える世代だった。しかしこの総説の最も重要な主張は、思春期に始まる反社会性には2種類あり、我々が学生時代に考えていたのとは質的に異なる反社会性が存在し、それぞれを明確に区別して対応することの重要性を示している点だ。驚いたが、犯罪の絶対数で言えば15−20歳が最も高い。これは、思春期での反社会的行動の高まりと相関する。結論を急ぐと、反社会的行為を示す時期が早いほど、反社会性の治療は困難になる。言い換えると大学生のような思春期後期に現れた反社会性は決して長く続かない。一方、反社会的行動が早く始まるほど、反社会的態度は長く続く。そして、最も問題なのは、5歳前後に反社会的行為をすでに示す集団で、これは元に戻ることなくほぼ一生続くことになる。すなわち、反社会的行為には、大学紛争時の我々のような遅く始まる一過性のタイプと、物心ついた時から始まる持続的タイプに分かれる。

このように、反社会性がこのような二つのグループに分けられる事を示した点で、この研究は重要だが、残念ながら明確な原因や処方箋は示されていない。ただ、持続的に反社会行為を続ける人の多くが、刑務所に入るという行動学的問題を示すだけでなく、身体的にも様々な異常を示すことから、これを突破口に、治療標的の特定や、治療法の開発につながる可能性はある。

それぞれの論文の要点だけを独断で抜き出して紹介したが、昨日の生物学的側面についての総説と比べると、研究はまだまだという印象を持った。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月5日:思春期についての研究の重要性 1(2月22日号Nature掲載論文を中心に)

2018年3月5日
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最近小児や、思春期の問題を扱った論文を目にする機会が多かったので、今日から数日これらを中心に紹介する。私がこのような印象を持った最大の原因は、2月22日号のNatureが思春期について特集を組み、これに合わせて、Nature Neuroscience、Nature Human Behaviorでも思春期に関する総説を掲載していたことによると思う。

Natureとその姉妹誌に掲載された特集論文は全部で5報になるが、一応通読したので、今日から2回に分けて、普通あまり考えることのない、思春期の問題をこれらの論文に示されたデータを見ながら考えてみたい。

5論文のタイトルはNature(2月22日号)が、
1)Importance of investingating adolescence from developmental science perspective(発達の観点から思春期を研究する重要性)
2)Dynamics of body time, sociall time and life history at adolescence(思春期の生命史での体の時間と社会の時間)
3)Adolescence and the next generation(次世代と思春期)
Nature Neuroscienceが
4)Studying individuall differences in human adolescent brain development(人間の思春期脳発達での個体間の違いを研究する)
Nature Human Behaviourが
5)Male antisocial behaviour in adolescence and beyond(男性の反社会的行動:思春期とその先)

自身を振り返ってみても、小学校高学年から大学に至るこの期間の重要性はよくわかる。正直、大学紛争も含めこの時期、多くの経験をし、個人的には恵まれていたと思う。その意味で、今回新たにこの時期の研究についての総説をまとめて読んでも、この時期が重要であること以外全く新しい考えに出会えたというわけではなかった。とはいえ、自分が漠然と考えている重要性の根拠が幾つかのデータで示されていること、そして全体に科学的研究がまだまだ足りていないという焦りは共有されているように思った。

従って、例えば教育を考えている方々がこれらの総説を具体的資料として使う目的には、よくまとまった企画だと思い紹介する。

例えば、私たちは思春期に子供が一段と大きくなるという経験をし、「おまえ随分大きくなったな」というのは表現の定番だが、1)の論文ではこの生物学的背景を概説した上で、生物学的理解に基づいて考えることの重要性を強調している。

ホルモン(特にテストステロン)の急速な上昇が思春期の引き金になり、これにより男女共に体の成長速度を一時的に増加する(もちろんこれに伴い2次性徴も現れる)。大事なことは、身体と脳がこの時同時に変化し、協力して心身の発逹を形成することだ。すなわち、同じ引き金が神経回路形成時のシナプス形成様式を変え、大人と比べると神経結合を作ったり壊したり、スパインと呼ばれる構造の消長が激しくなる。この過程を通して、最終的に安定した神経結合が形成されることが、この時期の細胞学的基礎になっている。

この基礎の上に、前頭葉で抑制性の介在神経が増えやすくなる。またマクロの回路レベルでは、扁桃体や腹側被蓋野の感情を司る領域と前頭前皮質の結合が強化される。
重要なのは、カエルで言えば変態に相当する、心身に起こる大きな変化の時期に、私たちは様々なことを学習する。学校で習う抽象的知識だけでなく、友達や大人との付き合いを通して得る経験がこの時期の脳回路の質を決めることになる。

この過程の変化を箇条書きにすると、
1) 身体的成長の加速と、それに伴う代謝の亢進、
2) 新しいことや興奮を求める傾向の高まり、
3) 睡眠と循環の大きな変化、
4) 自我が芽生え、より良いステータスを求め、尊敬されたいという気持ちが高まる。
5) 社会との交流への動機が生まれる。
6) 目標が定まってくる。

おそらくほとんどの人はこのことをご存知だと思うが、教育を議論する場で、個人的な経験だけではなくより科学的立場に立った議論が必要で、シナプスの変化など、実際に理解することでより実質的な議論が可能になると思う。

例えば米国では3)に合わせて、学校の開始時間を遅らせる動きがあるし、4)に基づいて、先生も生徒を一人前の人格として尊敬を持って接するように指導される。さらに、5)で言えば、チーム学習は効果があるし、逆にいじめは4)、5)の活動を抑制し、結局6)のゴールをいじめている相手に対する死を持っての抗議に変えてしまう。

逆に言うと、この時期は身体的な問題が脳に影響しやすい。Nature Neuroscienceに掲載された論文4)では、この時期の脳の発達の個人差が大きいことを題材に、身体と精神が統合した発達環境を提供することが我々大人の責任であることを示している。

大脳皮質の神経が集まった灰白質は生後の発達期に厚みを増すが、思春期に入ると急速に低下する。逆に、神経の繊維が集まる白質は増加を続ける。これは、論文1)で紹介した、シナプス形成の消長が高まり、安定したシナプス結合が選ばれる結果を反映していると思う。問題は、この思春期の変化に大きな個人差があることだ。特に論文1)で指摘された領域の個人差が大きいことが、発達期の脳を追跡したコホート研究で明らかになっている。

もちろん既に知られているように、この過程で形成される性格や能力の個人差も大きい。例えば、機能と構造を機能MRIで調べた研究から、リスクを取る能力は上に示した回路の発達と深く関係し、個人差が大きくなることを示している。

重要なのは、この差を生み出す要因として、子供の置かれた社会経済環境がある点だ。貧困家庭ではこれらの回路の形成が強く抑制されることを示す明確なデータが存在する。例えば、怒った顔を見せられた時の前頭前皮質と扁桃体の反応は、貧困家庭の子供ほど高い。すなわち、感情を抑えることがうまくいかない。これも論文1)で示された抑制性の介在ニューロンの発達に関係していると思う。この結果、仲間外れにされた時の反応も過剰になることも示されている。

ただ、これらの反応は、育った文化によっても大きく影響される。従って、文化の影響を理解することは、新しい教育メソードの開発に寄与する可能性が大きい。

長くなるので詳細は省くが、個人差、即ち私達が性格や能力と呼んでいるものの多くが、思春期の環境で決まることは間違いがない。思春期に心と身体が統合される過程を理解する鍵は、社会経済的環境、仲間との交流、そして文化と言えるが、これを総合的に理解するための研究こそ、少子化と貧困が問題になる我が国に求められる重要な課題であることを確信する。

明日は、残りの3論文(論文2、3、5)を紹介する。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月4日:腸内細菌の統計の落とし穴(Natureオンライン版掲載論文)

2018年3月4日
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現役を引退した後、論文を読んでいて注目を集めていると思えるのが、1)クリスパー/Casを利用したゲノム操作、2)光遺伝学を用いた脳神経操作、3)ガンの免疫、そして4)腸内細菌叢の研究だ。ただ、最近になって腸内細菌叢に関する研究がトップジャーナルを賑わすのは減って来たかなという印象だ。 腸内細菌の論文を読んでいて思うのは、何千種もの細菌を把握することで新しいことが理解できるという最初の期待が、簡単ではないという点だ。これに対して、ゴノビオティックと呼ばれる、各細菌のホストへの影響を、無菌マウスを用いて丹念に調べる研究は大きな成果を挙げている。即ち、我々の頭の中が、複雑な統計学についていけず、論文の主張を鵜呑みにせざるを得ない状況がひしひしと実感される。

こんなモヤモヤを代弁する痛快な、しかし統計学を駆使した研究がイスラエル・ワイズマン研究所からNatureに先行発表された。タイトルは、「Environment dominates over hostgenetics in shaping human gut microbiota(人間の腸内細菌叢を決めるのは、遺伝要因より環境要因の方が大きい)」だ。

この研究は二つの点で面白い。まず、世界に散って独自に発展しつつも、ユダヤ人としてまとまって暮し続けたユダヤ人を対象に選ぶことで、遺伝と環境の影響を研究しやすくした点だ。この研究では、アシュケナージと呼ばれるヨーロッパ系、北アフリカ系、中東系、アジア・アフリカ系(スファラディム)、イエメン系、そしてそれ以外の交雑が進んだユダヤ人1000人超を追跡しているコホート集団が用いられている。この対象を独自に調べるのと並行して、これまで発表された腸内細菌叢とゲノムとの関係についての論文を、統計や推計学手法を駆使して計算し直し、結論が正しいかどうかを調べている。

先ずゲノムと腸内細菌叢との相関を調べている。選んだユダヤ人集団は、期待通りゲノムを指標にクラスタリングできる。しかし、腸内細菌叢を様々な方法で数値化して、色々相関を調べてもほとんど関連を認めることができない。一方、これまで腸内細菌とゲノムに関連があることを調べる論文がいくつか発表されている。そこで、著者らはそれぞれの論文の元データを当たって計算し直している。

中でもこれまで注目をあつめたのは、腸内細菌を双子で研究した論文だが、著者らが様々な観点から統計処理をしても、ほとんど優位の関連が認められないと切って捨てている。どちらの言い分が正しいのか判断するすべはないが、細菌叢のように先ずその状態を表現するのに統計が必要な対象と同じく複雑なゲノム解析を相関させることには細心の注意が必要であることを示した点で、大きな意味がある。

他にも、これまで相関が特定された255SNPについても論文の元となったデータを洗い直し、論文で指摘されたほとんどのSNPは単独の論文で指摘されただけで、全ての論文で共通に特定できたのは、ビフィズス菌の増殖に関わるラクターゼ遺伝子だけという有様で、それぞれの問題で使われた統計学的手法とその解釈に多くの問題があることを指摘している。

最後に、血中のLDL,やBMIなど10項目の検査データと、腸内細菌叢検査から計算されるいくつかの指標との相関を調べると、LDLや乳酸の消費、ウェストのサイズなど、強い相関を示す項目が存在すること、更にLDLやウェストサイズを条件として組み入れると、腸内細菌叢の状態を予想する確度が上昇することも示している。

以上、結論としては腸内細菌叢はラクターゼのような特殊な関係をのぞくと、ほとんど遺伝的違いに影響されることはなく、一方生活習慣を反映すると思われる指標とは相関が見られるという、わかりやすい話になった。実際、ゲノムと相関するという方が耳目を集める論文で、「ほんと?」と思ってしまう。

この結論は別にして、この論文は統計学や推計学の手法持つ問題点を警告している点でも重要だ。ゲノム研究が進むと、否応無く我々は統計手法に依存していく。これをどう検証していくかも、今後の重要な問題だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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