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3月3日:細胞死の過程を視覚的に統合する(Scienceオンライン版掲載論文)

2018年3月3日
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現阪大の長田さんをはじめ、我が国では細胞死の分子メカニズムの研究が盛んだが、死ぬと決まった細胞を、決まった手続きで処理することで、ゴミが私たちの体に悪さをしないようにするエレガントなメカニズムだ。このプログラムされた細胞死・アポトーシスの引き金にはミトコンドリアが深く関わっていることがわかっている。考えてみると、ミトコンドリアは細胞内寄生体のようなもので、これをどう体内で使いこなし、最後は細胞ごとどう始末するかは生物進化の重要な課題だったと思う。

事実この過程を習うと、その合目的性に驚く。通常はBcl2ファミリーにより機能が抑制されているBak, Baxは、細胞死へのシグナルが検知されるとミトコンドリア細胞膜で複合体を形成する。この複合体を通してチトクロームCやアポトーシスを誘導する複合体が細胞質に飛び出す。これを待ち受けていたカスパーゼが害にならないよう切断し、細胞内の自然免疫メカニズムを刺激することなく処理される。事実、カスパーゼ複合体をノックアウトすると、ミトコンドリアDNAを含むコンプレックスがGas/Stingと呼ばれる自然免疫センサーを刺激し強烈なインターフェロン主体の炎症反応が起こる。

習えば習うほど、うまくできたシステムだと思う。ただ、各部分過程がどう統合されているかは、はっきりしていた訳ではなく、すべての過程が進行する様子を調べ統合する必要がある。今日紹介するオーストラリア・ウォルター・エリザホール研究所からの論文は各過程の鍵となる分子を細胞内で可視化して、この過程を統合して見せた研究で2月23日Scienceに先行発表された。タイトルは「Bak/Bax macropores facilityate mitochondrial herniation and mtDNA efflux during apoptosis(細胞死ではBak/Baxが大きな穴を形成してミトコンドリアの内膜のヘルニアを誘導してDNAを放出する)」だ。

この研究は新しい分子や、その機能を調べるのではなく、これまで蓄積された様々な道具を使って、アポトーシスの誘導から、ミトコンドリアの変化、そしてミトコンドリアDNAの細胞外への放出までを、各過程に関わる分子に蛍光分子を合体させることで可視化した研究で、いわばこれまでのアポトーシス研究の蓄積を最大限に生かした研究だ。多くのビデオが示され、紹介できないのが残念だが、論文のPDFにビデオが直接貼り付けてあり、クリックするとそのまま再生できるようになっており、大変助かる。今後、多くの論文でこのシステムが導入されるのだろう。

膨大な実験なので、詳細は全て省いてこの研究が明らかにしたシナリオだけを紹介しよう。

1) まずBak/Baxの機能を抑制しミトコンドリアの膜の健康を維持しているBcl分子の阻害剤を加えると、Bak/Baxが活性化され、まず小さな複合体を形成する。こうしてできる小さな穴を通してまずチトクロームCが細胞外へ流出する。
2) これによりBak/Baxがさらに大きな複合体を形成すると、ミトコンドリア内の内容物が、内膜で包まれたままBak/Baxでできる大きな孔を通って、ヘルニアを形成する。
3) これと並行して、ミトコンドリア間のネットワークが崩壊するが、これ自身はアポトーシスにはあまり影響しない。
4) 内膜に囲まれることで、ミトコンドリア内容物の生物活性は抑えられるが、内膜が徐々に壊れると、もちろんGAS/Stingシステムに検出される。しかし、カスパーゼが先に作用することで、自然免疫系の反応を低いレベルに抑えることができている。

以上、写真を見せられないのが残念だが、過程を統合するには見るのが一番ということが実感される研究だ。頭の整理がほぼ完璧にできた。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月2日:南東ヨーロッパのゲノム構造の構成(2月21日号Nature掲載論文)

2018年3月2日
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3月2日:昨日に続いて、同じ国際チームが同じ号のNatureに発表した論文を紹介する。今日は南東ヨーロッパの民族のゲノム構築の形成過程についての研究だ。タイトルは「The genomic history of southeastern Europe(南東ヨーロッパのゲノムの歴史)」だ。

南東ヨーロッパは現代ヨーロッパのゲノム構造の一種の縮図で、この地区で7000年前に始まった農耕が西へ西へと拡大する。この過程で、人間の移動と交雑が重なって現在に至るゲノム構造が形成されるが、この歴史をゲノムから解き明かすためには、従来のような個別の解析から、南東ヨーロッパ全体を俯瞰できる大規模な調査が必要になる。

この研究では、バルカン半島、カルパチア盆地、黒海北部に広がる草原地帯に広がる地域から出土した、 BC12000からBC500年と推定される人骨215体のゲノムを新たに解析し、これまで解析が終わっている10体と合わせて、現代南東ヨーロッパ人ゲノムと比較している。

基本的にヨーロッパの民族は、東と西に分布している狩猟採集民、アナトリアの新石器時代の民族、そして黒海北部ステップのYamnayaを中心とした民族のゲノムが組み合わさってできていると言っていい。実際、今回解析されたゲノムを主成分解析でプロットすると、この3種類のゲノムを3点とする三角形の領域に分布する。この研究で調べられているのも結局、この3者のゲノムの割合が、それぞれのポピュレーションに混じっているかだ。

はっきり言って、今日紹介する論文の結論はわかりにくい。記述が、個々の領域のゲノム構造の記述に終始して、大きなシナリオが見えにくい。昨日紹介した論文では、土器の伝播とゲノムとの相関というわかりやすい問題があった。一方今日紹介する研究は、南東ヨーロッパのゲノムの構築という一般的な問題になってしまってわかりにくい。

しかし、それでもいくつか面白いと思った点をまとめておこう。

1)想像以上にヨーロッパ全土で交流があったようで、スペインに代表される西からの狩猟採集民との交雑のあとも早くから確認される。言い換えると、南東ヨーロッパのゲノム構築は極めて多様化しており、時間とともに複雑性を増す。
2)このことは、狩猟採集民がヨーロッパ中駆け巡っていたことを意味する。そして、この接点が南東ヨーロッパで、その結果さまざまな民族が形成されたようだ。確かに、南東ヨーロッパの民族が複雑であるのは、旅行すれば実感する。
3)新石器時代の各地域の交雑に際しての男女のバイアスを調べると、初期にはあまりバイアスがない。すなわち男女全体のグループでの交雑だったが、青銅器時代になると男性からのバイアスが見られる。ということは、各グループがより好戦的になって行ったのかもしれない。
4)しかし農耕がはじまると、東から西への移動が行われるが、狩猟採集民との交雑は低下している。
結局結論すると、南東ヨーロッパは今も昔もさまざまな民族がぶつかり合う接点で、これを反映して、ゲノムでも予想以上の多様性が見られるという話になる。さらに、この研究により、狩猟採集民の行動範囲が極めて広いことも明らかになった。今後、さらにのちの青銅器、鉄器時代からギリシア・ローマ時代に至るまでのゲノム構築が調べられると、ゲノムから見る歴史と考古学が統合されていく。何かワクワクする。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月1日;道具の伝搬と人間の移動(2月21日号Nature掲載論文)

2018年3月1日
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以前紹介したように、ヨーロッパの言語と縄文土器は、Yamnaya文化の担い手がウクライナのステップ地帯から西へと移動し、現地人と交雑する中でヨーロッパ全土に広がったことがわかっている(http://aasj.jp/news/watch/3584)。この結果は、優れた言語や道具が人間の移動と交雑により伝搬することを示す証拠として考えられている。

一方、おそらくイベリア半島を起源とするThe Beakerと呼ばれる特徴のある土器がBC2500年以降のヨーロッパ全土に広がったことも知られている。今日紹介する国際チームの論文は、このBeaker文化の伝搬も、人間の移動により起こったのか、あるいは文化自体が知識として伝搬したのかをBC4700-BC800年のものと推定される人骨のゲノムを約120万SNPを指標に調べることで明らかにしようとした研究で、2月21日号のNatureに掲載された。タイトルは「The Beaker phenomenon and the genomic transformation of northwest Europe(The Beaker現象と北西ヨーロッパでのゲノムの変化)」だ。

実に400もの古代人DNAを解析した研究で、少し前に1000人ゲノムなどと現代人のゲノム解析を推進していたのが遠い昔に思える。

まず重要なことは、The Beaker文化の古代人の分布が現代北西ヨーロッパ人のゲノム構造とほぼ重なる点で、この時以前に形成されたヨーロッパ各地の人種が現在に至っていることになる。すなわち、主成分解析で見られるゲノムの多様性がすでにTheBeaker文化の担い手に存在し、例えばこの文化の起源と思われるイベリア人のゲノムが急速にヨーロッパ全体に文化とともに拡大したというわけではなさそうだ。文化は広がっても、各地域のゲノム構造はほとんど新石器時代から青銅器時代のままだ。

さらに、各地域でも同じ文化を共有するからといって、ゲノムが一致していることもなく、The Beaker文化は知識として拡大したようだ。

とはいえ、人間の移動が重要なケースも間違いなくある。最近、多くのメディアが、英国の先史人として知られるチェダーマンが、色黒、縮毛、碧眼であったことを大々的に報じていたが、イギリスの新石器時代の先史人は、2500年以降中央ヨーロッパに近いゲノムを持った人種で完全に置き換わっていることがわかる。このゲノム構造の変化は、The Beaker文化の伝搬とともに起こっており、the Beaker文化の伝搬が人間の移動と交雑により起こりうることを示している。

言語、道具がゲノムと統合されて解析できるようになっているのが本当に素晴らしい。このように、ヨーロッパの先史時代がゲノム解析からどんどん明らかになっているが、明日は同じグループが同じ号のNatureに発表した東欧のヨーロッパ人ゲノムの形成についての論文を紹介する。
カテゴリ:論文ウォッチ
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