5月3日:磁場を用いた難治性うつ病の治療(4月28日号The Lancet掲載論文)
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5月3日:磁場を用いた難治性うつ病の治療(4月28日号The Lancet掲載論文)

2018年5月3日
最近の人間の脳についての研究を見ていて驚くことの一つは、磁場や電流を脳の様々な領域に照射して、脳や病気をコントロールする方法の急速な進展だ。侵襲性が少ないことから正常のボランティアにも脳操作が行われ、記憶を促進したり、自分の性格を乗り越えたりする効果があることはこのブログでも紹介した。この方法はシナプスの結合を強める効果があると考えられているが、メカニズムを完全に理解できているわけではない。それなのに、記憶が高まるならと、一般用の機械まで販売される事態にまで至っている。ただ、論文を読んでいると、物理的刺激にも関わらず効果が長く続く。もしシナプスの結合に変化があるとするなら、複雑な脳内で何が起こっているのか完全に予測することは難しく、私は正常な人に使うのは当分控えたほうがいいと思う。

一方、これもメカニズムは完全に理解できたわけではないが、病気の治療への応用は目覚ましいものがある。中でも、お薬で治療が難しいうつ病の治療に対する経頭蓋磁場刺激(TMS)による治療法は、臨床治験を経てFDAにも承認され、わが国でも保健は適用されていないものの昨年薬事承認された。ただ、FDA に認可されている方法は(10Hzの磁場を6000回近く照射する)一回の治療に約45分はかかるため、治療できる人数が限られており、わが国だけでも100万人以上と推定されているうつ病の治療とし普及するにはもっと短いプロトコルの開発が必要だった。

今日紹介するカナダ・トロントにあるCenter for Addiction and Mental Healthからの論文は、FDAで認可されている10Hzの磁場を38分かけて照射する方法と、その後効果が確認されたTheta burst stimulation(TBS:50Hzの磁場を0.2秒間隔で3分間照射する)方法を比べた無作為化臨床治験研究で4月28日号のThe Lancetに掲載された。タイトルは「Effectiveness of theta burst versus high frequency repetitive transcranial magnetic stimulation in patient with depression: a randomized non-inferiority trial(うつ病患者さんに対するtheta burst法と高頻度反復性経頭蓋磁気刺激法の比較:無作為化非劣勢試験)」だ。

今回対象に用いた患者さんはハミルトン尺度と呼ばれる自己申告に基づく基準値が18以上で、一般の抗うつ剤の効果が見られなかった患者さん414名を無作為化して、FDAが認可したTMS法と、新しいTBSに振り分け週5日照射を4週間続けている。

TMSをうつ病治療に用いた治験論文を読むのは初めてだが、確かに驚くべき効果だ。TMSもTBSもともに、ほぼ半数に効果がみられ、3割が寛解している。ハミルトン指標も平均値で最初の24程度から、14程度に低下し、少なくとも効果は1週間続いている。これまで抗うつ病治療を続けていた患者さんであることを考えると、素晴らしい結果というほかない。ただこの研究の目的は、磁場治療自体の効果ではなく、従来のTMSとTBSを比較することで、この点については効果に差がないという結果だ。しかし、TBSが3分の照射で済むことを考えると、一台の機械で治療を受けられる人数は10倍近くに増やすことができる。こうしてみていくといいことづくめの経頭蓋磁場照射だが、頭痛が65%の人で起こるなど、副作用も間違いなくある。幸い、4週間の治療期間でドロップアウトするほどではなかったようで、なんとか耐えられるレベルの副作用だ。もちろん、抗うつ剤と比べても、だいたいコントロール可能な程度でおさわっているのだろう。

とはいえ、効果のメカニズムが完全にわからないのはやはり気になる。TBSはともかく、TMSについてはかなり症例数も増えてきているはずだ。今後できるだけ早く、自殺率や再発の有無など長期的な経過とともに、MRIによる構造学的変化の追跡など、反応した人のゲノム解析などより踏み込んだ解析結果が発表されることを願っている。うつ病領域でもう一つのトピックスは、麻酔薬ケタミンが注射後24時間でうつ病症状を改善させるという結果だ。これについては、動物実験で少しづつメカニズムがわかってきている。ぜひ、この治療との比較研究も行い、最も安全で確実な治療法を開発してほしい。
カテゴリ:論文ウォッチ