5月11日 湿気と保湿(5月9日号Science Translational Medicine掲載論文)
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5月11日 湿気と保湿(5月9日号Science Translational Medicine掲載論文)

2018年5月11日
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60歳を超えた頃から、皮膚が乾いて湿疹のような痒みに悩まされるようになった。ローションなどで保湿を心がけると、ある程度症状は治るので生活の支障になるほどではないので、特に保湿以上の処置はせずに今まで来ている。確かに、熱帯地方で湿気が高いところではアレルギーの発生が少ないことが知られている。しかし、なぜ皮膚が乾くと湿疹が出てくるのか、あまり真剣に考えたことはなかった。

今日紹介するチューリッヒ大学からの論文は、この素朴な疑問になんとか答えようとした研究で、少し中途半端な研究だなという印象はあるが紹介することにした。タイトルは「Humidity-regulated CLCA2 protects the epidermis from hyperosmotic stress (湿気により調節されるCLCA2が上皮を高浸透圧ストレスから守る)」で、5月9日号のScience Translational Medicineに掲載された。

読んでいくと驚くほどの研究ではないので、素朴な疑問に正面から取り組んだ点が評価されたのだろう。この研究では、まずFGF受容体が皮膚のケラチノサイトから欠損することで、皮膚のバリアー機能が障害され、慢性湿疹が起こるマウスを用いて、この症状を湿気で防げるのか調べている。研究ではFGFR1/2がケラチノサイトで欠損して湿疹が起こるマウスの症状を、湿度を上げることで改善できるか、まず調べている。結果は予想通りで、湿度を40%に下げると、ケラチノサイトの肥厚と様々な炎症細胞が皮膚に浸潤する。ところが同じ実験を湿度70%で繰り返すと、炎症がおさまる。確かに保湿は効果がある。

この湿度が遺伝的な原因の炎症を防ぐという現象に関わる分子を調べる目的で、高い湿度により変化するタンパク質を探索すると、いくつかのリボゾームタンパク質、ケラチン16、そしてクロライドチャンネルと結合しているCLCA3A2(CLCA)が高湿度で低下することを発見する。また、この分子の発現上昇と皮膚のバリアー機能の低下が連動していることが知られていること、さらにこの分子の発現が低下すると、人間でも皮膚に湿疹が出やすいことが知られていることから、この分子の機能に絞って研究をしている。

この分子は、湿度を感じるというより、湿度が低下して皮膚の水分の浸透圧が上昇するストレスにさらされると、p38/JNKシグナルを介してケラチノサイトで発現が上がる。したがって、ソルビトールや高い塩濃度にさらすだけでも、マウス、人間共にケラチノサイトでの発現が上がる。これらの実験から、CLCAは皮膚が乾燥し浸透圧ストレスが発生すると、ケラチノサイトのアポトーシスを防ぎ、さらに皮膚からの水分蒸発を減らすよう細胞間接着を上昇させる、浸透圧ストレスから皮膚を守ることに関わる分子であることがわかる。

最後にアレルギー性の皮膚炎の患者さんでCLCAの発現を調べると、炎症によりケラチノサイトの肥厚が見られる部分に特に発現が上昇しており、人間でも重要な働きをしていることが示唆されている。

さて、全部読み通してわかるのは、炎症と湿度とCLCAの関係が単純でないことだ。もしCLCAの発現が皮膚をストレスによる細胞死から守り、接着を高めて乾燥を防ぐなら、保湿自体はこの反応を低下させることになって、保湿は悪いという話になる。もちろんそうではなく、湿度が十分ならCLCAは必要ないという話だ。ただ、CLCAと炎症との関係は、保湿でCLCAを低下させれば炎症が抑えられると考えないほうがいいように思う。

保湿の効果を真面目に調べるうちに、ケラチノサイトに対する高浸透圧ストレスに気づき、そのなかでCLCAが皮膚のバリアーを守る一つの分子であることがわかったという研究で、皮膚の乾きが常に問題になる高齢者の皮膚を理解するためには重要な切り口になるのかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ