5月16日:Rett症候群の症状を薬剤で抑える(5月8日号Cell Reports掲載論文)
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5月16日:Rett症候群の症状を薬剤で抑える(5月8日号Cell Reports掲載論文)

2018年5月16日
Rett症候群はX染色体上にコードされているMECP2遺伝子が欠損する病気で、完全欠損では発生が進まないため男性患者さんはいないが、女性の場合片方のX染色体が正常で、(少し難しい話になるが)この結果体内の細胞は正常と異常のX染色体のどちらかを使うよう振り分けが起こり(X染色体不活化と呼ばれる現象)、原則として体内はMECP2を持つ細胞と、持たない細胞の混合になる。このため、正常の細胞の働きで発生は起こるが、半分の細胞が MECP2を欠損しているため、神経系を中心に様々な異常が生じる。

根本的な治療は遺伝子導入でMECP2遺伝子を回復させる必要があり、現在MECP2の数が増えるMECP2重複症とともに、遺伝子治療法の開発が進んでいる。幸い、最近の研究は根本治療だけでなく、これらの病気に効果のある対症療法が開発できる可能性を示唆しており、時間的にはこちらの方が実用化が早いのではと期待されている。

今日紹介するスペイン・バルセロナの研究機関からの論文は動物モデルを用いてRett症候群の一部の症状を抑えることができる薬剤があることを示した研究で5月8日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「Inhibition of Gsk3b reduces Nfkb1 signaling and rescues synaptic activity to improve the Rett Syndrome phenotype in Mecp12-knockout mice(Mecp2遺伝子ノックアウトマウスのRett 症候群の症状をGsk3b阻害剤がNfkb1シグナルを介して改善する)」だ。

Gsk3bはWntなど発生に必須のシグナルを伝達するリン酸化酵素で、様々な組織の発生には必須の分子だ。神経細胞ではこの分子が阻害されると、シナプス結合の強さが低下し、様々な機能異常が誘導される。この研究では、Mecp2が欠損することで脳細胞内に起こってくる変化を探索し、MECP2欠損モデルマウスの脳、特に小脳でGsk3bの活性が強く上昇していることを発見する。

幸いGsk3bには比較的特異的な阻害剤が存在しているため、次にMECP2欠損マウスに投与して症状を抑えることができるか調べている。MECP2欠損マウスは4週目から認知機能や運動機能が低下し始め、その結果10週程度で死亡してしまう。ところが阻害剤を0.5mg/Kg/dayで投与すると、治ることはないが、発症が遅れ、さらに20日以上長く生存できることがわかった。

さらに、遺伝子発現や組織染色から、Gsk3bが活性化されると炎症シグナルの核になっているNFkb1が活性化され、様々な炎症性サイトカインの発現が脳内で上昇するが、これらの異常をGsk3b阻害剤で抑制できることも確認している。すなわち、多くの神経症状が神経炎症に起因することを示唆している。

最後に、Gsk3b阻害剤投与により、脳組織が正常化するかどうか脳外に取り出した組織のスライス培養で調べると、樹状突起の形成不全をかなり正常化できること、そしてシナプス結合の強さの指標となるPsd95分子の低下をGsk3b阻害剤がほとんど正常レベルに戻ることを確認している。しかし、生理学的なシナプスの伝達性の改善は最小限で、これが全身症状の改善をどこまで説明できるかは疑問に思える。実際、行動や運動能の検査でも、阻害剤によりある程度の改善が見られるが、私が見ても大きな改善とは言えない。

しかし、阻害剤投与による実際の脳組織の改善は試験管内での変化より大きい。例えば神経結合の指標になるスパインの数は2倍近くに上昇しているし、海馬のシナプス形成も改善は大きい。おそらく、小さな変化でも時間が経つと、明瞭な改善として現れているのではと考えられる。

以上が結果で、小脳起源の運動障害が改善するなど一見期待が持てそうに思える。ただ、Gsk3b阻害剤は様々な細胞に効果をもち、病気でもガンやアルツハイマー病に至るまで、治療薬としての可能性が検討されている。ということは逆に、副作用なども強いことを示唆し、この結果がこのまま病気の子供の治療へと直結するとは考えにくい。それでも、MECP2欠損がNFkb1を介する神経炎症を誘導することが神経発生障害の一因であるなら、治療標的の選択肢は広がる。その意味で次の段階に期待したい。
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