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6月1日:働けなくなった労働アリを殺す恐ろしいシロアリの遺伝的プログラム(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2018年6月1日
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シロアリでは、女王蟻の寿命は働き蟻の200倍近く長くになるらしい。ある程度は長いだろうと思っていたが、実験室なら女王アリが20年も生きるのに、働きアリはせいぜい数ヶ月と聞くと、なんとなく産業革命当初の、労働者と資本家を想像してしまう。実際、女王アリは栄養豊富な食事を与えられ、働きアリは食べる間も惜しんで働かされるからだなどと考え始めると、労働者と資本家。あるいは貴族と農民の例えがシロアリに重なる。

ところが今日紹介するイリノイ大学の論文は、栄養だけでなく働きアリの寿命を短くするもっと恐ろしいメカニズムがある可能性を示した悲しい研究で米国アカデミー紀要にオンライン掲載されている。タイトルは「Longevity and transposon defense, the case of termite reproductives(寿命とトランスポゾンからの防御:繁殖個体の例)」だ。

この研究ではWorker, King, Queenにシロアリをわけ、workerはさらに大きさでmajorとminorにわけている。まったく門外漢なので、Termite WebというサイトでMajorとminorを調べると、大きなmajorは巣を作ったり獲物を探す重労働を受け持ち、一方小さいminorの方は主に巣の中での軽い仕事をこなす。面白いのは、外敵が攻めて来たりすると、小さいminorの方が今度は兵士として働くという。

この4タイプのシロアリを、それぞれを若いアリと、年寄りのアリに分け、年齢による遺伝子発現の変化を調べている。今回調べた種のQueenとKingは実験室で20年生きることがわかっているが、この研究ではQueenは6歳以上を老齢、1歳前後を若年としている。実際には蟻塚ができてからの年数をもとに年齢を算定している。Workerの方は、Queen, Kingを採取するときに、集めたWorkerの年齢を顎の磨り減り方から判定している。

まず明らかになったのが、年齢とともに遺伝子発現が変化するのはWorker(特にMajor worker)だけで、QueenそしてKingでは年を取っても発現している遺伝子にはほとんど違いが無い。またWorkerでもminor workerではほとんどQueen, Kingと同じで違いは67遺伝子(Queenの2倍)程度で収まっているが、Major workerではなんと5000もの遺伝子の発現が年令と共に変化(上がるのも下がるのも半々位)している。即ち なぜかMajor Workerだけで歳と共に遺伝子発現が大きく変化する。

次に変化する遺伝子の内容を調べると、驚く事に、発現が上昇する2000近い遺伝子のうちの15%がなんとさまざまなトランスポゾンであることがわかった。一方、QueenやKingさらにminor workerではこの変化は全く認められない。昆虫に限らず私たち人間でも、トランスポゾンの数が増えると、細胞が老化することが知られており、これを防ぐために、トランスポゾンやレトロウイルスなどのゲノムへの侵入者を抑えるさまざまな仕組みが用意されている。このことから、今回の結果はMajor workerだけトランスポゾンを抑える仕組みがうまく働かず老化が進みやすいようになっていることを示唆している。

この可能性を確かめるため、piRNAと呼ばれる短いRNA を用いてトランスポゾンの抑制に関わる分子の発現を調べると、予想通り少なくとも4種類の遺伝子がMajor workerが年をとると低下していることがわかった。他のタイプのアリでは、このような低下は全く見られなかった。

以上のことから、著者らは栄養が悪いだけでなく、トランスポゾンから細胞を守る仕組みを年齢とともに低下させ、トランスポゾンを増やすことで、major workerを積極的に殺している可能性があると示唆している。

もともと外回りを担当し、事故も多いmajor workerは何もわざわざ殺さなくとも、ある程度の頻度で新陳代謝するのにと思ってしまうが、重労働は歳とともに効率が落ちるだろうから、働きの悪いありを積極的にしかも体の内から殺す方が、種全体にとっては都合がいいのかもしれない。さらに、minor workerはいざとなったときに兵士としての役割もあり、勝手に死なれたら困るということか。しかし、こんなことを考え出すと、進化はときに極めて残酷な結果をもたらすことがよくわかる。この研究では、働きアリだけにこのような変化が起こる最初の引き金は明らかになっていないが、それがわかるともっと悲しい話になるのかもしれない。
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