6月2日:CAR-Tベンチャー企業が熱い(Nature Biotechnology5月号掲載レポート)
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6月2日:CAR-Tベンチャー企業が熱い(Nature Biotechnology5月号掲載レポート)

2018年6月2日
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ガンに対するキラー細胞がガンの根治を可能にする事を実感したのは、チェックポイント治療ではなく、CAR-Tを用いる治療成績が発表されたときだ。ここでも紹介したが、さまざまな治療法でも結局再発を繰り返した患者さんのガンが半分の患者さんで消えてしまった。このキラーの威力が示されるのは、ガンだけではない。ガン抗原として標的にしたCD19を持つ正常のB細胞も消えてしまう威力を見ると、いかにキラー細胞が標的細胞を殺す高い能力を持つのかを実感する。その結果、ノバルティスのCAR-TはFDAに認可され、我が国でも期待をもって治験が行われている。しかし、最大の難点はそのコストだ。ノバルティスの治療を受けるためには5000万円近い初期コストがかかる。その後で同じ治療に参入したギリアドなどの製品もコストでいえば似たり寄ったりだろう。現在の方法では、どうあがいても高いコストが必要になる。

しかし、このアキレス腱とも言える問題が、新しい挑戦を生み続けている。そんな様子が今日紹介するNature Biotechnology5月号にうまくまとめられており、この分野を資本がどう見ているのかよくわかるので論文ではないが紹介する。タイトルは「Allogene and Celularity move CAR-T therapy off the shelf (AllogeneとCelularityが在庫できるCAR-T療法に一歩進んだ)」だ。

私のブログを読んでいただいている方には今更CAR-Tを説明する必要はないと思うが、もともとCAR-Tは自分のT細胞にガンの抗原を認識する抗体とT細胞を活性化する抗原受容体分子複合体の様々な細胞質部分を組み合わせた遺伝子を導入する、一種の遺伝子治療だ。そのため、治療のために患者さんの細胞を取りだし、遺伝子を導入し、患者さんに戻す一連の操作が必要で、これによりコストがかる。

コストを下げる為には、在庫して多くの人に使えるCAR-Tを開発することだが、すべきことははっきりしている。一つはT細胞から抗原認識能を除去して、導入したキメラ受容体だけが使われるようにすることと、逆にホストの免疫系にキャッチされないようにする事だ。そのためには、まずT細胞の遺伝子をノックアウトする必要があるが、これが新しい遺伝子編集法で簡単になったため、現実性が急速に高まってきた。

このレポートはこの課題に挑むサンフランシスコに設立されたベンチャー企業AllogeneとNew Jerseyに設立されたCelularityの新しいCART戦略を中心に紹介されている。

Allogeneは遺伝子編集技術を持つファイザー、Cellectisなどから、T細胞受容体遺伝子とCD52遺伝子をノックアウトしたT細胞を用いたUCART19を導入し、臨床試験を始めたことで注目された。Cellectisには他にも16種類の前臨床テクノロジーがあり、これを相次いで臨床に持って行こうとしている。すなわち、Allogeneは出口を受け持つ最も大変なパートを受け持とうとしている企業だ。ある意味では、臨床試験はほかに任せるこれまでのベンチャーとは逆だ。何故これが可能かというと、Allogeneは最近ギリアドサイエンスが買収したKiteからスピンアウトしたグループで新しく設立されており、その際120億ドル、なんと1兆3千億円の買収資金を手にしている。すなわち、古いCAR-Tをギリアドに売って、そのお金で次世代型CAR-T技術を買って仕上げるという、驚くべきしたたかさだ。しかし、このように自分の熟知した技術に特化し、必要な技術をまとめるコアになって最終製品をまとめることは、すでに次世代シークエンサーなどでも示されており、アメリカの活力を感じる。このグループは遺伝子編集にTALENを使っているが、それで十分だろう。UCART19についてはすでに第1相臨床試験は終わっており、結果に対してAllogeneは極めて強気だと報告している。 当然同じ戦略をCRISPRを使って実現する会社など、目白押しだ。しかも、アメリカだけでなく、ヨーロッパなど世界に広がっている。もちろん、ギリアドも古い技術をつかまされたというのではない。もともと、2種類の抗原があるときだけに反応するCAR-T技術を持つ会社や、他の遺伝子編集法を持つ会社と連携して、Allogeneに対抗できる製品を開発しようとしている。効果がはっきりしたCAR-Tはガン治療の切り札になるとかけて、競争している。このような熾烈な競争が、安価なCAR-Tにつながることを期待したい。

しかし、遺伝子編集に全員が飛びつかないのも重要で、その例が意外なアロT細胞を使うCellularityだ。なんと出産後の胎盤からT細胞を調整する。母親の胎盤のT細胞は胎児に発現している父親のアロ抗原に反応しない。従って、これを使えば何も遺伝子編集なしでCAR-Tが準備できるし、胎盤を手に入れるのも容易だ。結局、コストを大幅に下げることができるという訳だ。このアイデアにすでに270億円近い資金が集まっているようだ。

この2社に加えて、詳細をフォローしている訳ではないがRubius Therapeuticsはなんと赤血キラー活性を持たせるという話で100億円以上の資金を集めている。他にも、レトロウイルスを使わないでキメラ受容体遺伝子を導入する方法や、NKT細使う方法、きわめつけはこれまでCAR-Tが上手く働なかった固形ガンに対する方法の開発まで、それら全てベンチャー企業が資金を調達してっている。さらに培養を簡単にして今の方法のコストを下げる方法を開発する企業まである。

この記事を読むと、獣医学部認可が国家戦略の岩盤規制の象徴かどうかという低次元のレベルの議論が国会で延々続いている我が国の役所や政治家が世界の状況を認識しているのか心配になる。低次元の議論に慣れているうち、我が国の役所から、国家を発展させる戦略を立てる能力が失われる、否すでに失われたのではと心が痛む。
カテゴリ:論文ウォッチ