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6月7日:アストロサイトの興奮が記憶を増強する(6月28日号Cell掲載論文)

2018年6月7日
誤解を恐れず単純化して考えると、組織は機能を担う細胞、新陳代謝に必要な血管、機能細胞を支える間質細胞、そしてマクロファージを中心とする血液系の細胞から出来ていると言っていいだろう。ただ、脳には間質の中心となる細胞、線維芽細胞が存在しないため、神経から分化してきたアストロサイトがこれに当たる。ただ線維芽細胞と違って、神経と同じ前駆細胞由来である点がアストロサイトの特長で、ある意味で間質でありながら神経と同じような機能を持つことが出来ると理解してきた。

今日紹介するエルサレム大学からの論文はアストロサイトを興奮させるだけでシナプス結合を変化させ記憶が高まることを示した研究で6月28日号のCellに掲載される。タイトルは、「Astrocytic activation generates de novo neuronal potentiation and memory enhancement(アストロサイトの活性化が神経細胞の新たな増強と記憶促進を誘導する)」だ。

これまでも、アストロサイトが神経のシナプス維持や剪定に重要な役割を果たしていることは知られているが、その興奮が直接シナプス結合を変化させているのか、あるいは線維芽細胞と同じ様なストローマ細胞として2次的に作用しているだけなのかよく分かっていなかった。この研究では、アストロサイトだけを興奮させた時の記憶への影響を調べるため、海馬のアストロサイトだけを、好きなときにリガンドを注射して興奮させられる(Caが上昇するメタボトロピック受容体導入)マウスを作成している。

まず本当に導入した受容体でアストロサイトだけ特異的に活性化できるのか、様々な実験をおこなった後、マウスの脳を切り出したスライス培養を用いて、アストロサイトを興奮させるだけで、神経の興奮が、回数、大きさ共に高まることを発見している。そしてこの変化が、CA3からCA1への神経が結合するシナプスの結合が高まることによることを明らかにしている。

このような試験管内実験の後、いよいよ生きたマウスでアストロサイトの興奮が記憶を増強するのかどうか、記憶実験の定番と言える迷路を覚える実験系と、条件づけによる文脈記憶の実験系で調べている。

結果は期待通りで、記憶成立過程でアストロサイトを刺激すると記憶が高まる。また、同じ実験で電気ショックを加えてマウスの立ちすくみを誘導する条件づけを行う時、アストロサイトを刺激すると、1日立った後でも同じ場所で立ちすくむ確率が高まる。以上のような実験から、アストロサイトの興奮が記憶誘導とそれに続く記憶の固定化過程に関わると結論している。不思議なことに、CA1ニューロン自体を繰り返し興奮させると、記憶には逆効果になる。

アストロサイトを活性化してから文脈記憶を誘導し、海馬の神経細胞の刺激状態をFos 染色で調べると、電気ショックで記憶を誘導する操作とアストロサイトを活性化する操作を組み合わせた時だけFosの発現(神経が刺激されたことの指標)が神経細胞で上昇していることが確認された。すなわち、記憶過程が進行している神経細胞でだけに、アストロサイトの興奮が作用する。逆に、記憶誘導刺激がない状態では、アストロサイトの興奮は何の役にもたたない。以上のことから、この記憶増強は、まず神経活動があって、活動している神経回路だけのシナプスを、アストロサイトが増強するというシナリオが提案されている。最後に、この結果が比較的長期に続く化学的刺激のせいであることを否定するために、光でアストロサイトを興奮させる実験も行い、記憶形成過程に短期間アストロサイトを興奮させるだけで記憶が増強することを明らかにしている。

話はこれだけで、脳科学に馴染みがないと、なぜ面白いのか不思議だと思うが、これまで議論が続いてきた、アストロサイトの興奮が活動している神経のシナプスにだけに働いて伝達性を変化させることが証明されたことで、今後細胞レベルの記憶研究がもう少し変わるような気がする。この研究では、アストロサイトの刺激スィッチは人間が入れているが、脳では何がその刺激になるのかも含め、今後研究が進むと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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