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6月27日:経口インシュリンは実現するか(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2018年6月27日
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現役の頃から1型糖尿病の根治を目指す団体、日本IDDMネットワークとの付き合いが深い。最初会長の井上さんに神戸でお会いしてからもう10年以上が経っているが、毎年着実に活動が前進していることにいつも敬意をもっている。とはいえ、現在も1型糖尿病の患者さんは、食後にインシュリンの皮下注を欠かすことができない。この状態から解放される方法として、今は人工膵島や細胞治療などに注目が集まるが、経口でインシュリンが服用できれば、根治に匹敵する大きな前進になる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンタバーバラ校からの論文は、ラットを用いた動物実験とはいえ、データを見ると経口インシュリン実現に大きく近づいたのではと思わせる素晴らしい研究だと思った。タイトルは「Ionic liquids for oral insulin delivery(イオン液体を用いた経口インシュリン)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。

この論文を読むまで、イオン液体を薬剤のデリバリーに使えるとは夢にも思わなかった。イオン液体とは融点の低い「塩」と考えればいい。例えばNaClを液体にするには800度に温度を上げる必要があるが、有機塩の中には室温で液状を保てるものが数多く存在する。このグループはこのイオン液体を薬剤デリバリーに使う研究を続けていたようだ。

この研究ではすでに皮膚を通過する効率の高いイオンの組み合わせとして開発した、陽イオンのコリンと陰イオンのゲラネートの共結晶からなるイオン液体とインシュリンをミックスしたCAGE-インシュリンを作成し、経口投与で腸内で吸収され、血糖を下げるか調べている。

この研究では全て正常ラットが用いられ、糖尿病を治療する実験ではない。ただ、結果は素晴らしい。様々な投与法がテストされているが、ここでは最も臨床使用に近い、腸に達してから吸収されるカプセルにCAGE-インスリンを詰めて服用した結果だけを紹介しよう。実際には、体重1kgあたり10Uを経口で服用させ、やはり体重1Kgあたり2Uを皮下注射したラットと比較している。

効果だが、皮下注射と比べると、血糖の低下は1時間程度遅れ、最低値も皮下注射の7割程度で止まる。このことは、インシュリンで最も危険な低血糖の危険は、皮下注射より少ないことを意味する。さらに素晴らしいことに、皮下注射では4時間で完全に元に戻ってしまうが、CAGE-インシュリンでは12時間も血糖を持続的に抑えることに成功している。そして、経口投与した後、小腸の組織を調べて、組織障害はほとんど起こっていないことを確認している。

結果はこれだけで、今後1型糖尿病ラットの長期治療を行うときの、量や副作用について調べる必要があるだろう。論文では、イオン液体によりインシュリンはタンパク分解酵素の作用から守られ、また細胞と細胞の間を抜けて血中に入り、多くが門脈を通って最初に肝臓に運ばれることでこのような長期の持続効果が得られると議論している。ただ、このシナリオだとだと食事中の栄養分の吸収が阻害されないかなど、まだまだ前臨床研究を行う必要がある。とはいえ、この論文に示された効果が副作用なしに見られるなら、インシュリンの皮下注射から患者さんが解放される時期は近いのではと期待する。
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