7月21日:ウイルスベクターを用いないで遺伝子編集を行い短期間で治療を行う(7月19日号Nature掲載論文)
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7月21日:ウイルスベクターを用いないで遺伝子編集を行い短期間で治療を行う(7月19日号Nature掲載論文)

2018年7月21日
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CRISPR/Casを用いたゲノム編集の臨床応用の足音が最近とみに大きくなってきた感がある。我が国では受精卵のゲノム編集の倫理問題を議論するのが盛んだが、両親に生殖能力があり受精卵が形成可能であるというシチュエーションを考えると、これを標的にゲノム編集を行うぐらいなら、着床前診断による胚選択の議論を深めた方が現実的だろう。この技術についての我が国の最大の問題は、この技術をより使いやすいものに変えていく自由な発想を持った研究者の数が少ない事だろう。例えばこの技術はテーラーメードの遺伝子治療に適している。そのためにはまだまだ改良の余地がある。

今日紹介するカルフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は短い期間で遺伝子編集を個別の患者さんに使うための基礎技術の開発研究で7月19日号のNatureに掲載された。タイトルは「Reprogramming human T cell function and specificity with non-viral genome targeting(T細胞の機能と特異性をウイルスベクターを用いずにリプログラムする)」だ。

CRISPR/Casの利用技術のほとんどは効率の良いウイルスベクターに頼っている。これは、DNAやRNAをそのまま細胞に導入すること自体が細胞に毒性があるのと同時に、何よりも遺伝子導入効率が他の方法では悪いという点がある。しかし、テーラーメード治療を考えると、ベクターを使うことによる時間的な損失は多い。特に、作ったベクターの安全性まで個々に確かめる必要があるとすると、時間だけでなく、コストも大きく跳ね上がる。従って、安全性が確保された方法で遺伝子などを直接細胞に導入する方法の重要性はベクター開発の進んだ現在でも変わることはない。

この研究は、CRISPR/Casを使ってもまだまだ簡単とは言えない遺伝子の組み換えをベクターなしに行うことを目指している。これまでの研究を基礎に、このために用意するのがCas9タンパク質、ガイドを含むCRISPR RNA, そして1kb近くの鋳型にする一本鎖DNAだ。Casタンパク質は予め用意できるが、他は治療ごとに用意する必要があるが、それぞれ1週間で完成できるとしている。

実際にはRNAとCas9を試験管内で結合させた後、鋳型になる一本鎖DNAと細胞に電気ショックで導入するだけだ。最初にRNAをCasと結合させるのと、一本鎖DNAを使うのがミソで、これで毒性はなくなり、T細胞の場合なんと組み換えで遺伝子を編集する効率が5割近くになる。

後は、この方法で実際の患者さんのT細胞を遺伝子編集して、細胞を大量に増やせるかを確かめるだけだ。このために、IL-2受容体の突然変異を持つため、免疫不全と自己免疫(抑制性T細胞が欠損する)が併発する患者さんのT細胞の突然変異を正常化できるか調べている。実際に置き換える必要のある部分は短かく、1kb以上の1本鎖DNAを用いる必要はないのだが、不思議なことに長いDNAを用いた方が編集効率が高い。おそらく毒性の問題だろう。いずれにせよ、3例全ての患者さんで、6−20%効率で遺伝子組換えによる正常化に成功している。この結果、機能的にも抑制性T細胞が出現している。更には、大きな欠損を伴う突然変異の正常化にも成功している。

次が当然のことながら、CAR-Tのようにガンに対するT細胞受容体の導入ができるかだ。実際には抗腫瘍T細胞のβ鎖全部と、α鎖のVJ部位を持つ1.5Kbの長い一本鎖DNAを鋳型にしてTcRαのC領域に導入している。実際の効率は12%でこれも実用レベルだ。さらに、人から取り出したT細胞を何日で調整できるかも行っており、遺伝子などの準備に1週間、細胞への導入と増殖に2週間と、3週間ほどで移植用のT細胞が調整できることを示している。

ベクターなしにここまでの効率が可能になると、一般的な免疫療法を提供している施設でも、必要な材料だけ外注して行う実現可能な治療になるのではと期待できる。
カテゴリ:論文ウォッチ