7月27日 キリスト教が新しい地域に受け入れられる条件(Nature Human Behavior 7月号掲載論文)
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7月27日 キリスト教が新しい地域に受け入れられる条件(Nature Human Behavior 7月号掲載論文)

2018年7月27日
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全ての世界宗教は、最初は地域宗教だった。もちろんキリスト教も例外でなく、最初はイエスが始めたユダヤ教の小さなセクトだった。新約聖書を読むと、前半はイエスの生涯と思想についての伝聞と言える4つの福音書だが、後半はユダヤ人でありながらコスモポリタンでもあったパウロの様々な地域に住む信者に対する書簡が占めており、キリスト教が民族宗教を超えた普遍的、世界的宗教へと発展する萌芽を読み取ることができる。ただ、何度も迫害を受けていた、「この世の王」を認めない個人の宗教が、世界宗教へと発展できたのは、コンスタンチヌス1世によりローマの国教と定められ、政治と一体化できたからだという議論は今も続いている。事実、三位一体、テオトコス(マリアは神の母)などの重要な概念は、キリスト教がローマ帝国と一体化する中で、様々な異なる教義を異端として排除する過程で生まれており、個人的にはローマの文化をキリスト教も受け入れることで、新たな発展を遂げたのではと思っている。

こんな話は歴史学の問題かと思っていたら、ハワイを含むポリネシアの様々な社会にキリスト教がどう受け入れられたのか数字で検証しようとするドイツ、オーストラリア、ニュージーランド、英国の大学が共同で発表した論文を読んで、驚いた。論文のタイトルは「Christianity spread faster in small, politically structured societies(キリスト教は政治的に構造化されているサイズの小さな社会で浸透が早い)」で、7月号のNature Human Behaviourに掲載された。

この研究では、南アジアとポリネシアの島々(Austronesianというらしい)に存在する70の独立した地域で、キリスト教が伝えられてから受け入れられるまでの時間と、各地域の社会経済的構造を比べ、特に政治と一体化することの効果、および貧富の格差が世界宗教の浸透に必要かの2点を中心に調べている。

これらの島々にキリスト教が伝えられたのは、1668年から1950年にかけてで大きく異なっているが、全ての地域で50%の住民がキリスト教を受け入れており、それにかかった年数は、たったの1年から、203年まで、これも大きく異なっている(平均では25年と想像以上に早い)。この受け入れまでの年数をアウトプットとして、70地域の様々な社会要因との相関を見ている。結局有意な相関を示したのが、人口、政治体制、文化的隔離性、伝搬時期の4つで、驚くことに貧富の差は全く相関していない。

もう少し詳しく説明すると、
1) 階層的で複雑な政治体制がある方が、伝搬速度は速いが、一般的に考えられているように経済的不平等が伝搬速度を高めることは全く観察できない。ただ、この相関も全く政治的階層のない、キリスト教の浸透に200年近くかかった2つの特殊な地域を除くとはっきりしなくなる。
2) 他の地域との交流がない地域ほど伝搬速度が速い。
3) 伝搬時期が新しいほど(文明のギャップが大きいほど)、伝搬速度が早い。
4) 地域の人口が少ないほど伝搬速度が早い。

全体をまとめると、「小さな社会で政治的指導体制がはっきりしている社会ほどキリスト教の受け入れが早い」が結論で、宗教の浸透も、文化の伝搬と原理を共通にしていると主張している。

とはいえ、ある島では宣教が始まって1年で、地域のほとんどが改宗したケースがある一方、多くの宣教師が殺され、受け入れに65年もかかり、住民の30%が今も古来の宗教を持っている場合もあり、数字の有意差だけで理解できないケースも多い。また、宣教自体も技術的に進歩しており、長年の歴史を通して最初から政治的リーダーを狙って近代文明の伝達とセットで行われることが多く、この結果を普遍的な現象とするには、我が国を含め、キリスト教が広がりを見せなかった国々での同じような検討が必要だと思う。

最近、新しい世界文化遺産に長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産が選ばれ、地元の期待を集めている。わたしも熊本大学で働いていた時代、1日かけて天草の教会群を車で回ったが、今も集落の中心として教会が生きているという印象を強く持った。ほとんどキリスト教が根付かなかった日本にあっては、これらの村々でのキリスト教のプレゼンスは高く、全く新しい宗教が受け入れられ、根付く過程を理解するための重要なモデルになるのではと素人ながらに思う。世界文化遺産になったのを機会に、是非研究が進むことを期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ