9月17日:光によるムードの変調回路 (9月20日号Cell掲載論文)
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9月17日:光によるムードの変調回路 (9月20日号Cell掲載論文)

2018年9月17日
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緑の大地で燦々と光を浴びていると、気持ちがゆったりするが、同じ太陽でも何もない砂漠でジリジリと照りつけられると、かなり気が滅入る。もちろんテントの中でのランプの光は、ムードを演出してくれる。もちろんこんな気持ちは人間だけだと思うが、このような人間だけと思われるような高次の感情も必ずルーツがある。

今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、この光がムードを変える特別な回路についてマウスを用いて明らかにした論文で9月20日号のCellに掲載された。タイトルは「Light Affects Mood and Learning through Distinct Retina-Brain Pathways (光は特別の網膜から脳への経路を使って学習やムードを変化させる」だ。タイトルにズバリムードを変える脳の回路と書かれているので、マウスのムードをどう定義するのか興味を持って読んでみた。


網膜の視細胞は、稈細胞と錐体細胞と思っていたが、実際には他にも光を感じる色素を持ったガングリオン細胞(RGC)が何種類か存在するようだ。著者らはこの網膜の光に反応するRGCの働きを研究してきたようで、一般の視細胞と異なり、RGCが視交叉上部に存在して脳の概日周期を統合しているガングリオン(SCN)に投射し、この細胞を遺伝的に除去すると、他の視覚機能は残したまま、概日周期が光に影響を受けなくなり、結果様々な障害が出ることを明らかにしていた。 この研究ではRGDのうちSCNに直接投射して、光による概日周期の撹乱に関わるBrn(-)RGCに注目し、3.5時間ごとに昼夜のサイクルで24時間の概日周期を乱す実験を行い、Brn(-)細胞だけで概日周期を乱すことができ、それだけでなくマウスを無気力に陥らせるのに十分なことを確認している。その上で、この網膜の特殊なRGC細胞がどの経路で最終的に感情を支配する脳領域につながるのを明らかにするのがこの研究の目的で、そのために様々な遺伝子操作を駆使している。ここまでの遺伝子改変マウスが用意されているのには驚くが、あとはこの回路の機能を調べる光でムードを壊す実験系で順番にその回路を検証すればいいことになる。

実験の詳細は全て省いて(神経系に興味のある人は、遺伝子改変マウスとアデノ随伴ウイルスによる脳への遺伝子導入がどう利用されるのか大変参考になる論文だと思うので、ぜひ一読を進める)結論をまとめると次のようになる。

1)RGCは様々な脳領域に神経投射をして眠りや活動性の調節に関わっているが、そのうちBrn(-)RGCは直接SCN、特に視床の傍手綱核(pHB)に投射する。
2)Brn(-)RGCの興奮は、pHB神経にリレーされて、最終的には感情などを支配する内側前頭前皮質や線条体に投射する。
3)この回路は、他のRGCと異なり、もっぱら気分を調節しており、例えばこの細胞が感じる昼・夜サイクルが正常より短いと、マウスはムードが低下し、新しいものへの興味を失い、同じ場所でじっとすることが増える。
4)この回路が機能しなくても、記憶や運動には影響がない。また、光とは違う刺激で概日周期を撹乱する場合、この回路が機能しなくても、ムードを変化させることができる。

まとめてしまうとこんなところだろう。ともかく、あらゆる証明に異なる遺伝的テクノロジーが使われ、RGC-pHB-mPFCの3種類の神経が実際につながっていることを証明するのに使われたtriple-virus trans-synaptic retrograde tracing strategy(mPFCとpHBにウイルスベクターでシナプスを超えて逆行性に標識できるマーカーをpHB内で活性化させ、最終的に網膜RGCを染められるかどうかを調べる複雑なシステム)は、私にとっても初耳だったが、光遺伝学だけでなく、様々なマウス遺伝子操作技術が神経科学で開発されていることがよくわかる論文だった。

いずれにせよ、同じ回路が私たちのムードの起源なら、RGCをうまく刺激して、気分障害を治す日がくるかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ