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12月31日 搭乗中の機内で病人が発生した時(12月25日ごうJAMA掲載論文)

2018年12月31日

大晦日の今日は一般の人ではなく、医師の読者に対しての情報提供として12月25日号の米国医師会雑誌に掲載された搭乗中の機内で病人が発生した時の、医師の心構えについて紹介したい。タイトルは「In flight medical emergencies A review(搭乗中の医学的非常事態 総説)」だ。


私も医師として働いた経験があり、当時新婚旅行で搭乗したYS11で病人が発生し(かなり揺れたための一種の過呼吸発作だった)手当をした覚えがある。ただ、臨床を辞めてからは、基本的には呼ばれても出ていかないようにしているが、その後一度だけ同じような場面に遭遇したが、複数の医師が乗っておられて、アナウンスを聞き流したが罪悪感には見舞われずに済んでいる。


さて、医師として飛行機搭乗中に医学的緊急事態(IME)が発生したときどうするのかについては、何回も論文が出ている。このコラムでも一度紹介したことがあるが(http://aasj.jp/news/watch/4096)、詳しい指示とまでは至っていない。ところが、今回の総説は搭乗中の医師として知っておかなければならないインストラクションをしっかりまとめている。読んでみると、よほど運が悪く自分しか医師免許を持っている人がいなかった場合なら、その気になるかもしれないと思える、良い総説だと思う(実際はそう簡単ではないと思うが)。年末から年始おそらく飛行機に乗る機会も増えると思うが、論文を簡単に紹介しておくので、理由はともかく医師免許を持っている読者のの方には一読を勧める。


まず一般的な話として、IMEは600フライトに1回程度の頻度ということで、そう度々当たる話ではない。他の人と比べると、私自身結構乗っている方だが、それでも年間で70ー80回というところだろう。とすると、10年に一回あるかどうかの頻度で出会う程度だ。おそらく東京に暮らして、国内線など必要ない医師の方なら、ほとんど出会う心配はないだろう。また、論文の表3に詳しく内容が書かれているが、救急に必要な薬品や簡単な医療器具は結構揃っている。さらに、地上からのアドバイスも受けられる体制があるので、しっかり予習していて他に誰もいない場合は覚悟して出て行ってもいい気がする。その結果訴訟になったという話は、これまで1件あるだけで、全員が機内での非常時との理解はしっかり共有されている。それでも、英米の航空会社では呼びかけに応じる義務はない。一方、オーストラリア、ヨーロッパの航空会社のように義務づけていることもある。我が国では、義務はないが、事前登録制度になっているようだ。しかし、これらは全て形式で、やはり少しでも他の人より役に立ちたいという医師の気持ちが大事だと思う。


とすると、ある程度飛行中によく起こる病気について知っておく必要がある。これをこの総説ではわかりやすくまとめているので、最後に紹介する。ぜひ本文を読んで、この表を皆さんもコピーして身につけておけばいいと思う。


1:失神〜失神に近い状態:IMEの30%を占める。

診断:胸痛(心臓発作)、呼吸困難(呼吸器)、言語障害・顔面まひ(脳卒中)、のような症状のない場合は、ほとんど血管迷走神経性の失神。紛らわしい鑑別疾患として低血糖発作がある。これは機内で測定できる。

治療:心臓、呼吸器、脳の器質性疾患でないと診断すれば、あとは足を高くして寝かせる、あるいは仰臥位で頭と足を高くして様子を見る。低血糖発作の場合、グルコースを経口摂取させる。これで症状が悪くなる場合は、搭乗員に告げるとともに、地上専門医と連絡をとる。


2、消化器疾患:IMEの15%程度。

診断:吐き気、嘔吐、下痢、或いは出血の場合も原因究明は難しい。腹痛のある場合は、場所や腹膜刺激症状があるかをしっかり調べる。(個人的経験では飲み過ぎもある)。

治療:キットの中にセロトニン阻害剤、抗ヒスタミンの制吐剤は入っているようで、適宜服用させる。下痢の場合、熱があるときは必ずクルーに感染症の可能性を伝える。それ以外は、キットの中に下痢止めは必ずある。強い腹痛で、腹膜刺激症状や出血がある場合は、クルーに重症であることを告げる。


3、呼吸器症状 IMEの10%に見られる。

診断:聴診と病歴が重要。特に旅行中何をしたかも重要。スキューバダイビングなどでは減圧症による塞栓が見られることもある。重症と軽症を見分けることが最も重要。キットの中に、パルスオキシメーターは必ずあるので、酸素をチェック。

治療:酸素分圧が低い場合、酸素吸入。機内では酸素分圧が低いので、地上より多くの酸素が必要。これ以外の治療法はない。ただ、喘息発作や気管支攣縮が見られるときは、β2刺激剤が機内に用意されている。これで改善しない場合は、クルーに重症と告げる。


4、心臓症状 IMEの7%

診断:病歴、胸痛、呼吸困難、腕の痛みなど心筋梗塞などの重大な状況かどうかの判断が必要。心電計が備えられている場合もある。

治療:重症の場合は機内での対策はない。ニトログリセリン、アスピリンなどを服用させ、酸素吸入して様子をみる。胃からくる症状である場合も多いもで、制酸剤も服用させる。改善しない場合は、重症であることを告げる。


5、脳卒中用症状 IMEの5%

診断:いつから、どのような症状が始まったかをはっきり聞き出すことが重要。例えば、どの場所の運動障害、あるいは感覚障害など。あとは、言語障害、顔面まひ、四肢の筋肉など一般的な卒中を診断するための検査。

治療:酸素吸入はとりあえずやってみる。麻痺などの進行で卒中が確実になった場合、クルーに重症であることを告げるとともに、地上の医療スタッフにも相談し、また緊急着陸後の準備も頼む。



6:てんかん発作 IMEの5%

診断:発作の始まりや様子については周りの人からも話を聞く。運動機能や、失禁の有無なども確かめる。

治療:症状は激しくとも、床に寝かせ、気道を確保しておれば治る。発作中には、bennzodiazepineがあれば投与。また、本人も抗てんかん剤を持っている場合も多い。薬剤の増量などについては、地上の専門医のアドバイスを受ける。



7、外傷 IMEの5%

診断:傷の性状を確かめることが重要。脳損傷・骨折などについては正確には診断できない。事故の原因としては、荷物の落下が最も多い。

治療:多くの場合は軽傷で、圧迫による止血で止められる。必要なら止血帯を使う。骨折が疑われた場合でも、副木を備えていることは少ない。雑誌などで添え木の代わりにする程度。

8、精神疾患 IMEの3%

診断:専門医でないと難しいことが多い。対話を通して患者さんと関係を築き、安心させるとともに、これまでの病気について聞き出し、薬を持参しているか確かめる。

治療:常備されている場合、最も使いやすいのはBenzodiazepine。対話と精神安定剤でともかく様子を見る。ただ、緊張状態や攻撃的になる場合もあるので、この場合はクルーに任せた方が良い。


9、薬物中毒や禁断症状 IMEの3%

診断:おそらく日本の医師は慣れていないことが多い。鑑別診断として頭に置いておくことが重要。治療について私の場合まずお手上げだと思うので割愛する。詳しくは論文を見て欲しい。



10、アレルギー反応 IMEの2%

診断:重症かどうかを判断する。問題になるのは、気管の浮腫、呼吸困難、低血圧、嘔吐などがある場合。

治療:局所的な蕁麻疹などのアレルギー症状に対しては、必ず常備されているdiphenhydramineなどの抗ヒスタミン剤を投与。内服が難しい場合は静注用も常備されている。
重症のアナフィラキシーの場合は、エピネフリンを0.3mg投与(子供は半量)。これは緊急注射可能な形で備えられている。症状が改善しない場合は、地上専門医にアドバイスを頼む。


11、お産  IMEの1%

診断:個人的には全く経験がないため、お手上げだろう。横向きに寝てもらって、地上の医師のアドバイスに従うしかない。


12、心停止 IMEの0.2%

診断:500回に1回という数字だが、IMEによる死亡の80%を占める。最も重要なのは脈があるかないか迅速に診断すること。
治療:蘇生に成功するかどうかは別にして、医師なら方法は熟知しているはずで、診断したらすぐに心臓マッサージにかかる。
心臓マッサージと人工呼吸、できれば他の人と協力してやるともっといい。その間に、自動除細動器を用意して、除細動。戻らない場合、あるいは発火しない場合、心臓マッサージ、人工呼吸。それでダメな場合は、エピネフリン1mg静注。

他にも様々なアドバイスがある。また自分が旅行者として考えた時、IMEにならないような予防ヒントも記載されている。いずれにせよ、ほとんどの場合は軽症で、対応可能なことが多い。読んで少し自信が出たおかげで、呼ばれたら次は手を挙げてみようかななどと考えている。

カテゴリ:論文ウォッチ
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