1月25日 CRISPR/CASによる遺伝子治療は必ずしも遺伝子編集ではない(1月18日号Science掲載論文)
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1月25日 CRISPR/CASによる遺伝子治療は必ずしも遺伝子編集ではない(1月18日号Science掲載論文)

2019年1月25日
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久しぶりにCRISPR/Casについての論文を取り上げる。さて、昨年の暮れから中国南方科技大学の研究者がヒト受精卵にCRISPR/Casを導入した後、子供が生まれた話で持ちきりだった。実際に思うとおりに編集が起こったかどうかはわからないが、行為自体は倫理的にどうこうというより、人間のゲノムを傷つける犯罪だ。というのも、使われたCasはおそらく強い遺伝子切断活性を持っており、目的の遺伝子どころか、他の多くの場所が切断される恐れがあるからだ。人間には片方の遺伝子が傷つくと、異常が起こる遺伝子が少なくとも200種類はある。この危険性を知った上で、敢えて受精卵の遺伝子編集を行ったことは、間違いなく生まれてくる子供を傷つける犯罪だ。

さて、このCasが持っている強い遺伝子切断活性の為に、この技術は使い物にならないと極論する人たちがいるが、この意見も間違っている。現在、この切断活性の特異性を高める技術が開発されつつあるし、そもそもCasの切断活性を用いないで遺伝子編集も行わず、遺伝子の発現を上げたり下げたりする事が可能だ。実際、今から3年も前にこのコラムで紹介したが(http://aasj.jp/news/watch/2571)、Casの切断活性を完全にのぞいて、代わりにヘルペスウイルスの持つ遺伝子を活性化させるタンパク質を結合させ、このCas-VP64をRNAガイドによって目的の遺伝子上流にリクルートし、その遺伝子を全く編集することなく活性化することができる。このように、CRISPRの技術を遺伝子編集技術と称することすら間違っているのだ。したがって、この方法を用いると、遺伝子の発現量が下がって病気になっている遺伝病を治すことが可能だ。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、2本ある染色体の片方の遺伝子の機能が失われると肥満になる脳の下垂体で発現しているSim1とMc4r遺伝子を標的に遺伝子治療が可能か調べた研究で、1月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「CRISPR-mediated activation of a promoter or enhancer rescues obesity caused by haploinsufficiency (CRISPRを用いたプロモーターやエンハンサーの活性化により片方の遺伝子が失われることで起こる肥満を治療できる)」だ。

DNA切断活性を完全に除去したCasを用いて遺伝子の活動を操作する方法は、編集を伴わないため安全性が高い。このグループは随分前からこの方法を磨いており、この研究はその前臨床研究の仕上げといったところだ。標的には遺伝子の発現量が半分に低下するだけで摂食行動が変化し肥満に陥る下垂体で発現する2種類の遺伝子に絞って、まず細胞株を用いてCas-VP64と組み合わせた時、遺伝子発現が上昇するガイドRNAを特定している。プロモーター、エンハンサー両方の部位のガイドRNAで遺伝子発現を高めることができるが、Cas-VP16は特異的遺伝子にリクルートされ、他の遺伝子のプロモーターの活性化は検出されない。

次に、この系を組み込んだトランスジェニックマウスを作り、Cas-VP64で残った正常遺伝子の発現を高め、肥満が改善するか調べ、期待通りの結果を得ている。また、特に副作用も認められない。

そこで最後に、ガイドRNAとCas-VP64を別々にAAVベクターに組み込み、下垂体に直接注射して様子を見ると、どちらの遺伝子の場合も遺伝子発現が高まり、摂食が低下し、肥満が治ることを示している。

詳細はほとんど省いてエッセンスだけ紹介したが、すでに前臨床試験はクリアしたところまで来たように思う。あとは、臨床試験に進んで問題はないと思う。同じように遺伝子発現量が減ることで病気が起こる遺伝子は200以上あるため、これがうまくいけばガイドだけを変えて治療が可能になる。また、ガイドを増やすことで、いくつかの遺伝子を同時に高めることもできる。原理的には遺伝子そのものを導入するのと同じだが、アデノウイルスベクターに組み込みにくい大きな遺伝子でもこの方法だと活性化できる。 繰り返すが、CRISPR技術は必ずしも遺伝子編集を伴わない。実用化は、編集が必要ないプロモーターの活性化や、エピジェネティック調節から始まると思う。メディアの報道や、専門家の意見を聞いていると、編集しか頭にないようだが、着々とCRISPRの技術は進化し、患者さんに届くようになると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ