3月18日 食生活と発音(3月15日号Science掲載論文)
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3月18日 食生活と発音(3月15日号Science掲載論文)

2019年3月18日
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これは個人的印象で、統計を調べたわけではないので聞き流して欲しいが、わが国でもいわゆるエラが張ったと表現できる顔は急速に減ってきたように思う。実際子供の顔を見ていると、うりざねの美しい顔に変化している。この印象が正しいとすれば、戦後食品が柔らかく食べやすいものへと急速に変化していることも原因の一つだろうと思う。この大きな顔の骨格の変化は、咬合力の変化にとどまらず、言語にも大きな変化をきたす可能性がある。

今日紹介するスイス・チューリッヒ大学を中心にするグループからの論文はこんな食生活と言語の共進化を農耕の誕生前後を例に考えた研究で3月14日号のScienceに掲載された。タイトルは「Human sound systems are shaped by post-Neolithic changes in bite configuration(人間の発声システムは新石器時代以降の噛み合わせの変化に依存して変化してきた)」だ。

タイトルに惹かれて読んでみると、この研究の背景には言語学者Hockettの「唇歯音は農耕の誕生により柔らかい食べ物を食べるようになった結果である」という仮説を検証するために行われている。

唇歯音とは、fとかvのように上の歯で唇を噛んで発音する音で、father, vaseなどがある。一方唇音は唇を閉じることで発生する音で、Papa, baseなどだ。確かによく考えてみると、どうして歯で唇を噛んで発音する必要があるのか、日本人にとっては不思議だ。これに対し、Hockettは、最初ホモ・サピエンスは上下の歯が正確に揃うように進化し、硬いものをしっかりと噛めるようになる。この時は、唇音はあっても、唇歯音は存在しなかった。ところが新石器時代以降農耕が始まることで軟らかい食事に慣れて、急速に上の前歯が下の前歯より、前に出た骨格に変化する。そしてこの結果唇歯音が言語に導入されると考えた。

この論文では、まず旧石器時代、中石器時代、そして初期青銅時代の骨格を示し、徐々に上の歯が前に出てきていることを示している。そして、一種の力学モデルを用いて、上歯が前に出ている場合、唇歯音がより少ないエネルギーで発音できることを示している。

次に現存の人類の言語を調べ、今も狩猟採取の生活を送っている民族の言語では、唇歯音が農耕生活民の言語の高々27%しかないことを示している。

さらに、上下の歯が揃っており、その結果前歯を失う確率が多い狩猟採取民族を、グリーンランド、南アフリカ、そしてオーストラリアから選んで言語の推移を調べ、それぞれの地域で最初はほとんど見られなかった唇歯音が、他の民族とのコンタクト(グリーンランドではデンマーク人、南アフリカではアフリカーンス、そしてオーストラリア原住民では英国人との接触)により生活が変化することで、そぞれの言語に取り込まれていることを示している。

最後に、生活、そして骨格を何千年もにわたって調べることができる、インドヨーロッパ語圏を調べ、数千年前パキスタンからヨーロッパにかけて、よく調理した食生活とともに上前歯が前に出るようになることを確認した後、それに伴って唇歯音が徐々に増加すること、そして2500年前に始まる粉挽き技術の進歩とパンの急速な発展とともに、例えば PからF(PadoreからVater, Father)、VからK (来る:Venire からKommen, Come)のような唇歯音の割合が急速に上昇することも示している。

結論としてはHockettの仮説は正しいという話で。言語学も生命科学としてますます総合的になってきたという印象を持つ。

しかし最後に頭に浮かぶ疑問は、我が日本語のことだ。もともと日本語もHa行の音を奈良時代はPa, 平安時代はFaと読んでいたようだが、今や唇歯音のほとんどない言語に変わっている。この原因が何か、とても気になる。米食文化とパン食の違いなのか、興味は尽きない。

カテゴリ:論文ウォッチ