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7月7日 発達障害とナトリウムチャンネル(8月21日発行予定Neuron掲載論文)

2019年7月7日
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自閉症スペクトラム(ASD)との相関が示されている遺伝子は100を超えるため、個々の変異遺伝子の機能とASDの因果性についての研究は意外と遅れている。また、変異遺伝子の多くはクロマチン構成やシナプス機能のサポートのような、多くの細胞で働く遺伝子が多く、症状との因果性を調べるのは難しい。

ところが今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、分子機能とその発現がはっきりした分子、すなわち電位依存性ナトリウムチャンネルの変異による電気生理学的異常からASDの発症を説明しようとした研究で8月21日号のNeuronに掲載される予定だ。タイトルは「The Autism-Associated Gene Scn2a Contributes to Dendritic Excitability and Synaptic Function in the Prefrontal Cortex (自閉症と関連づけられるScn2a(電位依存性ナトリウムチャンネル)は、前頭前皮質の樹状突起の興奮性とシナプス機能に寄与する)」だ。

Scn2a 遺伝子が片方の染色体で失われるとASDと知能障害が起こることがわかっている。この分子はグルタミン酸作動性の錐体細胞の軸索起始部に発現して神経の興奮に関わっていることがわかっている。そこでこの研究では、片方の染色体のScn2a遺伝子が欠損したマウス(Scn2a+/-マウス)を作成し、錐体細胞の興奮の変化により神経ネットワーク形成が障害される過程を探っている。

結果をまとめると次の様になる。

  • 脳の発達過程では、Scn2aは軸索の根元で発現しており、局所の神経興奮の強さを調節している。発現量の低下により興奮の引き金が入りにくくなる。しかし、この異常は成熟とともに、正常化する。
  • 成熟後は、錐体神経の樹状突起のシナプスに発現がみられ、樹状突起への興奮の広がりが障害され、樹状突起の先端に行くほど興奮性が低下する。
  • この結果新皮質でのシナプス形成の細胞学的異常がおこる。すなわち、スパインと呼ばれる突起が長く弱々しく、成熟しきれていない。
  • しかし、この異常は発生過程で形成されるものではなく、Scn2aの発現の量的な低下による直接の効果を反映している。
  • Scn2aの発現異常を誘導したマウスでは、学習障害と、社会性の異常を示す。
  • 従って、シナプスの機能さえ取り戻せれば、症状を改善させることができる。

ナトリウムチャンネルは神経細胞のイロハで、軸索を通って興奮が伝播することをホジキン、ハックスレーが発見し、沼先生のグループによって遺伝子がクローニングされた。自分の頭の中で極めて単純にイメージしていたナトリウムチャンネルが、特異的で微妙な神経興奮調整に関わり、ちょっとした変化がASDにつながることがよくわかった論文だった。

今後、このスキームが他の遺伝子の異常でも起こっているのか知りたい。またうまく特異的な刺激剤が開発できれば、治療可能性も生まれる。古典的分子がまた表舞台に登場する様な気がする。

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