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9月5日 場所の記憶が維持される神経過程(8月23日号 Science 掲載論文)

2019年9月5日

2014年、オキーフとモザー夫妻がノーベル医学・生理学賞に輝いたが、その時もっぱら脳内のGPSの発見などと報道された。しかし実際にこの研究の示した最も大きなインパクトは、脳内の多くの神経と行動を同時記録することで、脳内に形成される「表象:representation」を実際に観察できることが示されたことだ。当然ノーベル賞に値する素晴らしい業績だ。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、このオキーフ、モザー夫妻の発見を利用して、こうして形成された脳内の表象が維持される機構を、海馬CA1領域の細胞集団の神経活動の記録から読み解こうという研究で8月23日号のScienceに掲載された。タイトルはズバリ「Persistence of neuronal representations through time and damage in the hippocampus (神経的表象は時間や損傷をこえて海馬で維持される)」だ。

モザーさんたちの研究は持続的に脳の特定の場所全体の活動をクラスター電極を通して細胞レベルで記録することで可能になったが、この手法は現在神経の興奮をカルシウムセンサーで光学的に記録する方法に置き換わっている。ただ、脳内に埋め込んだこのような読み取り装置がどのぐらい長時間、正確に一個一個の神経を区別して記録し続けられるかが問題になる。

この研究ではなんと8ヶ月ぐらいは海馬のCA1領域の5000個を越す神経細胞を同時に記録できるという装置を工夫し、これを用いてモザーさんたちと同じ場所記憶の実験系で、脳内に形成される表象がどう維持されているのかを調べている。

あとは膨大な記録を行動と対応させることで、場所記憶の表象に関わる神経細胞を特定し、それぞれの神経細胞が時間が経った後も、表象維持に関わるか調べている。具体的には、学習過程でできる場所細胞と呼べる神経表象が、10日間トレーニングなしに休んでいても維持されるのか、またその後どのように表象が消えていくのかなどを調べている。

まずわかるのは、一旦トレーニングで表象が形成されると、それは同じ迷路を毎日走らせようが、ケージで休ませようが同じように維持される、すなわち同じ細胞の興奮として維持されていることだ。

しかし、時間が経つとこの表象を担う細胞の数は大体1日1%づつ減っていく。それでも同じ迷路にもう一度入ると、表象としてしっかり機能することもわかる。さらに、この表象は海馬の一部を障害しても、障害された直後は乱れるが、傷が回復すると完全ではないがかなり回復することも明らかになった。

おそらくこの研究の最大のハイライトは、同調して興奮する神経細胞のペアを特定して、その活動と行動を対応させた実験で、表象を担う細胞がコンスタントに失われ、現実的には45日目で消失してしまう場合も、同調する神経ネットワークは維持され、迷路にもう一度入ると45日目でも同じパターンを再現するという発見だ。

結論としては、少ない数の神経細胞でも、同調的に反応できるネットワークが維持されると、表象に対応する神経細胞自体は減っていっても、もう一度鮮やかに表象を再現できるという話で、実際には予想通りの結果だと思う。1年近く脳記録が可能になることで、これまで神経表象について想像されていたことが確認できたという研究だが、しかし記録して情報処理できるというだけですごい。

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