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9月18日 試験管内で形成した脳オルガノイドは自発的に活動する(10月3日号 Cell Stem Cell 掲載論文)

2019年9月18日
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亡くなった笹井さんがES細胞などの多能性幹細胞から神経細胞の誘導に取り組んだのは、京都大学の再生研究所が出来た時、暫定人事委員会で最初に選んだ三人のうちの一人(最年少)として教授になってからで、この開発を担ったのが現在金沢大の河崎さんだ。その後、京大の職を完全に辞してCDBに来てからは、あれよあれよというまに、各神経細胞系統だけでなく、脳の構築まで試験管で作れることを示して、大きな話題を呼んだ。実際、当時彼の研究室で開発された技術の上に、日本最初のiPS臨床応用としての網膜色素細胞移植や、ドーパミン神経移植が結実しており、文字通り日本の再生医学を導いたと言える。当時の彼のプロダクティビティーは恐ろしい勢いで、おそらく彼も自信を持ちすぎ、その結果さまざまな妬みを買ったのが、彼の死の原因になったように思う。

ただ、臨床応用は同級生の両高橋先生に任せ、彼自身はオルガノイドに結構執心だった。私自身は、ES細胞を神任せで培養する方法は、科学とは言えないなどと批判側に回っていた。しかし、脳のオルガノイドは私の想像を超えて発展しつつあるように思う。今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文はうまくオルガノイドを形成させると、胎児の脳に見られる自発的神経活動が観察できることを示した研究で10月3日号のCell Stem Cellに掲載された。タイトルは「Complex Oscillatory Waves Emerging from Cortical Organoids Model Early Human Brain Network Development (脳皮質のオルガノイドを用いた初期脳神経ネットワーク発生系で発生する複雑な神経振動波)」だ。

改めて読んでみるとヒトの脳皮質のオルガノイド形成実験は時間のかかる研究で、このグループは人間の妊娠期間と同じ10ヶ月を要してようやく成熟型で安定したオルガノイドが形成されることを様々な方法で示している。中でも、単一細胞遺伝子発現を調べる方法を用いた解析から、GABA 作動性の抑制神経ができるのは6ヶ月を越してからであることを示している。

こうして一見実際の皮質に近い細胞種と構築を持ったオルガノイドができるが、この研究ではこのオルガノイドが神経活動という機能性でも、正常の皮質に匹敵するか調べるため、クラスター電極を用いて活動を継時的に拾っている。

すると、オルガノイドが成熟するにつて、4ヶ月頃から1-4Hzの脳の振動波が観察されるようになり、6ヶ月目では完成する。そしてGABA作動神経系が分化してくると、今度は100Hz近い早い脳波が形成される。そして、この振動波がグルタメートと、GABA作動性のシナプス活動の反映として得られることを示している。

そして、こうして生まれるオルガノイドの神経活動が、35週目の脳波と極めてよく似ていること、そして脳波のパターンを学習させたAIを用いて、オルガノイドの活動の胎生時期を予測させると、実際の培養期間とAIによる推定年齢がほぼ一致することを示し、このモデルがかなり正常の皮質形成プロセスを反映していることを示している。

おそらくここまで精密なオルガノイドを安定して形成するには、かなりノウハウが必要だと思うが、これが可能になると自閉症などグルタミン酸作動性とGABA作動性のバランスが変化する多くの状態の再現も可能になると期待できる。面白くなってきた。

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