AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 2月7日掲載、朝日新聞記事:iPS細胞の作成、効率20倍に 理研がマウスで成功

2月7日掲載、朝日新聞記事:iPS細胞の作成、効率20倍に 理研がマウスで成功

2014年2月10日
SNSシェア
一国の科学の力に欠かせないのがプロの研究者だ。関連の分野に深い知識と見識を持ち、様々な問題を最もオーソドックスな方法で解決に導く。例えば最近大騒ぎされている小保方さんや、山中さんの仕事は私に言わすとプロの仕事ではない。逆にだからこそ重要な発見が可能だ。しかし、その後その現象のメカニズムを理解するための研究を支えるのは本当のプロ研究者の厚みだ。実際、山中さんのiPSの発見の後、リプログラム過程で何が起こるのかについての重要なプロの仕事は、一部の研究(例えば理研丹羽さん)を除いてあまり日本で行われてこなかった。逆にハーバード大や、ケンブリッジ大などが研究をリードしている。その一つの到達点が、このホームページで紹介したJacob Hannaの研究で、リプログラミングの確率を100%に上げようと努力し、一定の成果を収めている。同じ事が小保方さんの発見した現象についても繰り返されるのではないかと心配するが、今日朝日が紹介した論文は、まさにこのプロの仕事だ。理化学研究所のベテラン石井さんのグループの仕事で、Cell Stem Cellに紹介され「Histone variants enriched in oocytes enhance reprogramming to induced pluripotent stem cells (卵子に濃縮しているヒストンバリアントはiPSへのリプログラミングを促進する)」がタイトルだ。この仕事の真価を漏らさず紹介する事は実際私にも難しい。おそらく記者に聞かれた石井さんも、難しいと感じていたはずだ。そこを無理に紹介してみよう。先ず石井さん達は、卵子の中に存在するヒストンバリアント(おそらく基本機能を担うヒストンから派生したバリアント)TH2A,TH2Bの本来の機能が、侵入して来た元々発現活性の低い精子の染色体をオープンにして遺伝子発現調節を行えるようにするために、卵子に存在している事を示した。ただ、このヒストンバリアントが、染色体をオープンにし不活化されている染色体を活性化する機能は、例えば核移植によるリプログラミング、そして体細胞に山中ファクターを加えるiPSにも当然働く。このため、この分子があるとリプログラミングの活性は上昇する。おそらくこの様な機能を有する他の分子との関わりを調べる事で、リプログラミングの自由な調節に近づいて行くだろう。この仕事では、iPSで働く時にはこの分子がX染色体により強く結合している事や、X染色体不活性化システムXistとの関わりなどを示す事で、更にこの分子機能の全貌を調べるための手がかりも示している。この分野に本当のプロが参加してくれた事が実感できる。    このように、正常発生では大きなエピジェネティックな変化が普通に起こっている。いずれにせよ、この過程の理解が進み、それを調節する様々な仕組みをうまく利用すれば、いつかはプログラミングやリプログラミングをかなりの精度で調節できるはずだ。プログラミングもリプログラミングも結局は染色体上のエピジェネティック標識を目的細胞の状態にどう変化させるかだ。ただ、この方向でしっかりした研究が進むためには、常識をしっかりふまえて研究を進める事の出来るプロの研究者が必要だ。そういう気持ちで見ると今日の朝日の記事はひどいと思う。iPSの効率を20倍上げる事しか紹介されていない。今日の朝日の記事も含めて日本のメディアは、iPSの効率が上がるとか、テラトーマとかほぼ2010年で頭の進歩が止まっている。即ち科学の進歩にどんどん取り残されている。記者の頭が進歩しなくても私の知った事ではないが、その報道を見ている若い研究志望者が勘違いする事で、我が国の科学からプロが消える事を懸念する。この点については、山中さんを始め、この分野で責任のある人達も少し危機感が足りないように思う。
  1. みな より:

    私は発生学の研究をしている大学院生です。
    ここのサイト、AASJの存在を知ったのは昨日のことです。記事が大変面白く、これからの更新も楽しみです。

    STAP細胞の報道がなされてから、知人(一般の人)から「iPS細胞ってSTAP細胞と比べてそんなに劣っているのか?報道はおかしくないか」とすぐ電話で質問を受けました。
    このように疑いをもつ人も少なからずおりますが、事実はどうなのか確認する手段もなかなかないという事に改めて気づかされました。
    また、報道を真に受けてしまう人も多いのでしょう。

    2010年のノーベル化学賞の際も、テレビの解説がでたらめで、中継でつながっていた鈴木先生が呆れていらっしゃるようでした。

    日本は科学記者が少ないのでしょうか。
    私はここ数年、このことに危機感を覚えています。
    科学記者が不足しているなら、有識者を集めた組織などがあれば、科学に関して正しい情報を発信できると思うのですが。

    科学者達にもおおいに責任があり、本来ならば科学者は研究と同様に発信にも力をいれねばなりませんが、現状ではどうしても一般の人と触れ合う機会が極端に少ないです。

    AASJはこれらの問題を解決できる力をもった組織なのでは、と期待を抱きました。
    AASJがもっと広く知られるようになり、一般の人も「分からないことがあったらAASJに聞いてみよう」という習慣がつくといいなと思っています。

    この朝日の記事も、20倍なんて数字はほとんど意味をもちませんし、本質である面白い生命現象の部分が全く伝わらず、悲しいです。

    1. nishikawa より:

      励まし有り難うございます。私も日本の科学報道と言う本を書こうと準備中です。報道も、研究者も、役所も全て責任があります。この構造をはっきりとさせ、業績に新聞などを要求しない助成システムへと生まれ変わるきっかけになればと思っています、

みな へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


The reCAPTCHA verification period has expired. Please reload the page.