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2月19日 膵臓がんとどう戦うか(幾つかの論文を読んで)

2014年2月19日
 16日に、滞在中の外国で、京大時代に私の研究室の助教授をしていた横田君が膵臓がんで亡くなったという知らせを受けた。遠く離れた地で出来る事はこのコーナーを書く事だと認識し、膵臓がんについて幾つか論文を読んでホームページにメモを残す事にした。私の周りでも膵臓がんで倒れた友人は多い。同じ時に京大に移って仲の良かった月田さん、妻の里美の友人の川中さん、それぞれ壮絶な戦いの末破れて行った。もちろん勝利した友人もいるが、結果は統計に現れている通りだ。今回最近の研究について読んでみたが、膵臓がんは研究を加速させなければならない最優先課題である事を実感した。    一般的な知識を得る意味で少し古いが2010年4月号のThe New England Journal of Medicineに掲載されていた総説を読んでみた。基礎から臨床まで簡潔にわかりやすくまとまった総説で、さすが臨床医学の頂点に位置する雑誌だ。先ず驚くのが、発ガンに関わる腫瘍遺伝子セットは他のがんとそれほど違っていない事だ(例えばKRAS,CDKN2A,TP53)。SMADの変異も膵臓がんだけに特異的ではない。ではどうして膵臓がんは他のがんと比べてこれほど悪性なのか。この総説ではほとんど議論がないので、次の論文で議論する。とは言え組織学的に見ると、膵臓がんは周りに高度の組織反応を伴い、繊維化が激しい一方、血管新生が他のがんほど著明でないと言う大きな特徴を有している。これが、薬剤ががんに到達しにくい一つの理由かもしれない(私の感想)。ついでこの総説では診断と治療、そして予後についてまとめている。現在でも根治のために最も重要な事が早期発見だが、がんマーカーも含めて早期発見のための切り札はなく、大規模な健康診断は現時点ではあまり期待できないと結論している。ただ、私が病院で働いていたときと比べると診断までは極めて迅速に行えるようになっている。問題は治療だ。早期で完全に切除が可能な場合は根治が望めるが、リンパ節転移を認めるstageIIBに至ると、原発巣を完全に切除したとしても予後は悪い。化学療法にしても、現在の所DNA,RNA合成阻害を作用機序とするジェムシタビン以外に有効性が完全に証明できた薬剤はなく、現在もジェムシタビンと併用で使える薬剤の有効性の治験が進められているが、2010年時点で一定の有効性が示されたのはEGF受容体に対する化合物しかないと言った状況のようだ。元々医師向けに書かれているため、将来の可能性についても期待させる様な事も書かれていない。ただ、厳しい現状を十分認識できた。    しかし、がんに関わる遺伝子変異は他のがんと共通しているのに膵臓がんだけがどうしてこのように厳しい状況なのか、膵臓がん特有の遺伝子変化を探す試みも進んでいる。2012年Natureに掲載されたオーストラリアを中心とする国際チームの研究「Pancreatic cancer genomes reveal aberrations in axon guidance pathway genes (膵臓がんゲノム解析により、膵臓がんでは神経軸索伸長に関わる分子に変異が多い事がわかった。)」では、142例の早期膵がんのゲノムが調べられ、ゲノムと患者さんの経過との相関が調べられている。手術例をこの規模で集め、コホート研究するためには多くの研究機関の協力が必須だ。先に挙げた総説にも述べられているように、いわゆる定番の発ガン遺伝の変異(KRAS,TP53,CDKN2A,SMADなど)を確認している。その上で、神経軸索が伸びる時に必要な受容体ROBO1, 2, SLIT2, Semaphorin3A,3E,5A, EPHA5, 7などが半分近い膵臓がんで変化し(特に遺伝子重複が起こっている)発現量が上昇していると言う新しい発見が行われた。事実、これら分子の発現が高いがんは、低いがんと比べて悪性度が高い事もコホート研究の結果わかった。現段階でこの発見が新しい治療へつながる可能性は未知数だが、この研究はこの経路が将来の創薬ターゲットとしては重要性が高い事を示している。さらに、新しくリストされたこれらの分子は細胞表面に発現されており抗体薬の標的になる可能性もある。期待したい。また、早期がんのゲノムが明らかになった事で、その後がんが進化した時どのような遺伝子変異が付け加わるかについても明らかになるだろう。ともかくがんを知り尽くして治療戦略を立てる事が重要だ。    これまで紹介した論文は、膵臓がんの発ガン過程に関わる話だが、膵臓がんはその周りに著明な組織反応が起こる事が特徴の一つだ。この組織反応が膵臓がんの転移率の高い理由ではないかとする研究もある。この点と関連する研究が2012年7月号のNatureに掲載された「RNA sequencing of pancreatic circulating tumor cells implicates Wnt signaling in metastasis (膵臓がん転移にWntシグナルが関わる可能性が血液中に見つかる腫瘍細胞のRNA配列決定からわかる)と言う論文だ。研究自体はマウスモデルを用いており、Wnt2が腫瘍に発現する事が、周りの組織の構築を変化させて転移につながるとする論文だが、最後にヒト末梢血に発見される腫瘍でもWnt2の発現が亢進している事を示しており、がんから分泌され周りの組織の再構成を行うこのがんの特徴の一端の理解が進んでいることがわかる。    有望な治療は限られているが、もしKRASに対する薬剤が開発されれば膵臓ガンにとどまらず、多くのガンの標的治療が可能になると期待される。RAS分子は立体構造上他の分子と相互作用する部位のポケットが浅く、特異的な阻害剤などを特定することが難しく、製薬企業も重要性を認識しながらも標的として考えることを諦めているところも多い。これに対して、昨年12月号のアメリカアカデミー紀要に「Mutant KRAS is druggable target for pancreatic cancer (KRAS突然変異は膵臓ガンの標的として薬剤を開発することが可能だ)」という勇ましい論文が現れた。これは化学化合物の代わりに、分解性のバイオポリマーに包んだRNAiのタブレットを患部に植え込むと、マウスモデルの段階だが腫瘍が縮小させられるという報告だ。根治につながる治療法とは言えないだろうが、期待は十分持てる。このようにがんについて理解した上で、早期発見の可能性を探るとともに、がんに合わせた治療を積み重ねて行く事が求められている。最後にNatureが、2012年オーストラリアで行われたヒトゲノム学会でマウスに個別の患者さんのがんを移植して、様々な化学療法の組み合わせをテーラーメード的に調べる可能性が議論されたことを紹介していたので、触れておく。人とマウスは大きく違っていると言っても、動物の身体の中で薬剤の効果や副作用を確かめることは極めて重要であり、この技術が更に発展することを期待したい。私は単純かもしれないが、現実に失望していても、論文を読むと多くの場合希望を感じる事が出来る。横田君の死を思いながら、生きてまだ戦っている方々に希望となるような論文を今後も紹介して行きたいと意を新たにした。

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