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11月2日 麻疹感染の恐ろしさ (11月1日号Science掲載論文)

2019年11月2日
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麻疹ワクチンの接種率が低下して、多くの先進国で麻疹感染は3倍に増え深刻な問題になっている。世界全体で見ると毎年7百万人の麻疹患者が発生し、そのうち10万人が亡くなっている。風邪は万病の元というが、これまでの研究で麻疹に感染すると、免疫機能が低下して、他の感染症リスクが高まる可能性が示唆されていた。ただ、細菌やウイルスに対する人間の抗体を網羅的に調べる良い方法がなかったため、深く検討されたことはなかった。

今日紹介するハーバード大学からの論文はVirScanと呼ばれる新しいテクノロジーを使って麻疹感染前と感染後の抗体反応性を網羅的に調べた研究で昨日Scienceに掲載された。タイトルは「Measles virus infection diminishes preexisting antibodies that offer protection from other pathogens(麻疹ウイルス感染は他の感染源から身を守る抗体を低下させる)」だ。

この研究で用いられたVirScanはファージウイルスの外殻に、ヒトが感染する様々な病原のペプチド断片を発現させ、網羅的に感染症に対する抗体を調べる方法で、この論文を読んで初めてその存在を知った。抗体でファージを濃縮して、それを増幅してから、コードしている病原体の抗原を遺伝子配列からリストするなかなか優れた方法だと思う。

この方法を用いて、子供のコホート研究中にはしか感染が起こったケースを選んで、抗体がどう変化したか調べている。驚くことに、麻疹に感染すると、病原体に対する抗体が強く低下する。これは、抗体レバートリーの多様性の低下と、個々の抗体の量の低下を伴っている。しかし、IgMやIgG全体にはほとんど変化ない。一方、シーズン中に感染しなかった子供では全くこのような変化は起こらない。

もう少し抗原を絞って感染前に存在していた病原に対する抗体の変化を調べると、麻疹感染では急速に抗体価が低下する。すなわち麻疹だけでなく他の病原体に対する免疫力が低下する。麻疹はCD150を介して細胞に感染するので、これらの変化は感染の歴史を記憶して、骨髄で長い期間抗体を作り続けてくれる、感染防御には最も重要な細胞が失われることが、この背景になると考えられる。

実際このように失われた病原への抗体を再構築するには、新しく感染を経験して記憶細胞を残していくことが重要であることも、麻疹感染で抗体のレパートリーが失われた患者さんを長期追跡することで確認している。すなわち、短期間で回復してくる抗体は4種類の一般的な病原に対する抗体だけで、全ての記憶が戻るには長時間かかる。そして、その中には病原細菌も含まれている。

実際の実験の詳細は省いてしまったが、要するに麻疹の感染は、その子供がそれまで獲得してきた感染源に対する記憶を全て消し去ってしまうという恐ろしい感染症であることがわかる。CD150を発言するT細胞もあるので、同じことはT 細胞免疫でも言えるだろう。この場合はガンに対する抵抗力すら含まれることになる。

しかし、ワクチン接種では全くこのような変化は起こらない。したがって、麻疹感染をワクチンで前もって防いでおかないと、麻疹だけでなく、その後多くの感染症にかかりやすい状態が生まれることになる。その意味で、ワクチン接種の重要性を全ての人に理解されるまで繰り返し訴えていく他ない。

  1. okazaki yoshihisa より:

    麻疹の感染:
    子供がそれまで獲得してきた感染源に対する記憶を全て消し去ってしまう。
    CD150を発現するT細胞もあるのでT 細胞免疫でも言えるだろう。この場合はガンに対する抵抗力すら含まれる。

    Imp:
    麻疹ウイルス恐るべし。宿主の重要な免疫記憶をリセットできる。免疫細胞系のエピジェネティックスなどを編集する特殊な酵素でも持ってるんでしょうか??
    大変興味深く、衝撃的な論文でした。

  2. Mori Hiro より:

    はじめまして。
    ニュースで知ってから、大人でも同様なのかと疑問に思っておりました。
    自分の場合は幼少期にかかった記憶のみなので抗体検査をしたところ±で十分ではない抗体値でした。
    仮に修飾麻疹を大人が発症した場合もこの実験の子供たちと同じように免疫機能が低下するのでしょうか? ご教示頂けますと幸いです。

    1. nishikawa より:

      同じだと思います。

  3. Mori Hiro より:

    >しかし、ワクチン接種では全くこのような変化は起こらない。

    ということは、ワクチン接種をしてブーストすれば他の抗体や免疫システムには影響はないと考えられ、
    対するワクチン接種のリスクは非常に低確率のSSPEくらいなのですね。

    お忙しいところご返答いただきましてありがとうございました。

  4. Yayoi Yasuda より:

    免疫を勉強中の学生です

    質問なのですが、
    抗体が減少する機序がわかりません。記憶細胞を介したものなのでしょうか?それとも別の機序なのでしょうか?
    また、
    -抗体レバートリーの多様性の低下と、個々の抗体の量の低下を伴っている。しかし、IgMやIgG全体にはほとんど変化ない。
    と本文に書かれていましたが、サイエンスの本文を読んでみたところ
    -IGGの単純な損失ではなく、麻疹後の抗体レパートリーの再構築であることを示唆している。
    とあったのですが抗体の可変部の構造が変わることによって感染症に関する能力がなくなってしまうということでしょうか?

    ご教示頂ければ幸いです。

    1. nishikawa より:

      この研究では、抗体が減少するという現象だけが示されています。ただ、麻疹ウイルスはCD150陽性細胞に感染して、最後は細胞死を誘導します。このCD150ha
      麻疹が感染する上皮細胞に出ていますが、それ以外にリンパ球にも発現されています。おそらく、長期の記憶を担うB細胞ポピュレーションがこうして殺されてしまった結果、抗体が作られなくなるのではないかと思います。これらは動物実験で確かめられるでしょう。

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