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6月5日:血液から肺がん細胞を回収して研究する(Nature Medicineオンライン版掲載)

2014年6月5日
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胸部内科で働いていたとき、私も小細胞性未分化肺がん(SCLC)の患者さんの主治医になったが、全員2年以内に看取ることになった。当時SCLCの5年生存率は5%に到達していなかったと思うが、現在も状況は変わっていないようだ。ゲノム解読が進んで、腺癌、扁平上皮癌、非小細胞性未分化癌などでは治療標的になる分子が発見されたのに、SCLCからは有望な標的分子は見つかっていない。またほとんどのがんで、p53,RB1などの癌抑制遺伝子が欠損しており、悪性度が高いことも納得できる。SCLCの治療を困難にしているのが転移で、発見された時にはほとんどの例で転移が起こっている。事実5月18日に紹介したCellSearchと言う機械を使って調べると、血液を流れるがん細胞の数は乳がんの50倍近くに上る。この困難をはねのけるためには更にがんのことをよく知る必要があるが、今日紹介する論文はこの血中に流れるがん細胞を集めてマウス皮下で増殖させられることを示した英国マンチェスター大学と英国がん研究所の研究でNature Medicineのオンライン版に掲載された。タイトルは「Tumorigenicity and genetic profiling of circulating tumor cells in small cell lung cancer(小細胞性肺がん患者の血中を流れるがん細胞の動物での増殖性と遺伝子プロフィール)」だ。研究では先ず6人の化学療法を受ける前の患者さんから10ccの血液を採り、赤血球以外の細胞を集めて免疫機能を完全に失ったマウスに注射している。まだ100日以上時間がかかるが、期待通り4例の血液から集めたがん細胞はマウス皮下で増大し腫瘤を形成した。5月18日に紹介した血中のがん細胞数を数えるCellSearchと呼ばれる機器で調べてみると、腫瘤を造った患者さんは458−1625個のがん細胞が7.5ccの血液中に見つかったが、がんが増えてこなかった2例は222個と20個で、血中のがん細胞は少なかった。全例でないとは言え、血液からマウスの中で増殖させられるがん細胞を採取できると、実際のがん細胞を用いた研究の可能性が一気に広がる。実際この研究の経過中に5例の患者さんは亡くなっているが、がん細胞は生きたまま残っていると、残ったがん細胞を使って治療経過と相関させたり、様々なデータが取れるはずだ。マウス皮下のような人為的な環境で増やしていると言う問題はあるが、形成された腫瘤内のがん細胞は病理的にも小細胞性未分化癌の特徴を示し、抗がん剤への反応も患者さんの反応と一致していることが確認され、患者さんの体内にあるがんを代表出来ていることが示されている。当然ゲノムについても調べており、それぞれのがん細胞が個性を持ちながら、SCLCの特徴も維持していることが確認されている。この研究では残念ながら患者さんから正常細胞を得ることが出来ていないため、見つかった変異のどれががん特異的か特定することは出来ていないが、今後正常細胞を供与してもらうことはそれほどハードルの高いことではない。最後にマウスに移植したことによりゲノムが変化していないか調べるため、もう一度血液からがん細胞を集め、マウスの皮下で増殖した細胞と遺伝子を比べている。結果はマウス皮下で増殖することで大きなゲノム変化は起こっておらず、マウス皮下でもオリジナルな性質を保てることがわかった。発想は単純だが、素晴らしい仕事だと思う。30年にわたって医学はSCLCに敗北を余儀なくされてきた。原因の一つはがんを知るための資料を得ることが難しかったためだ。今回の仕事は単純だが、患者さん由来のがん細胞を使った研究を進めて行く上での大きな一歩になるはずだ。サンプルを得るためのハードルが下がることで、創薬企業にも実際のがん細胞を用いて研究が出来るようになるだろう。この研究を転機として医学が反攻を始めることを期待したい。

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