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7月6日:デニソーバ人からの贈り物(Natureオンライン版記事)

2014年7月6日
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私たちホモサピエンスが同じヒト科のネアンデルタール人やデニソーバ人と出会い、交雑したことがわかっている。これは以前紹介したドイツライプチッヒにあるヒト進化研究所のペーボさんたちがネアンデルタール人、デニソーバ人の全ゲノム配列を決定したことで、私たちホモサピエンスと比べることが可能になったおかげだ。これまでの研究でネアンデルタール人の遺伝子がヨーロッパやアジアに広く分布していることはわかっていたが、シベリアのアルタイ山で発見されたデニソーバ人の遺伝子は何故か遠く離れたポリネシア人にしか見つかっていなかった。今日紹介する北京ゲノム研究所からの論文はチベット人特異的な高度順応に関わる遺伝子がなんとデニソーバ人に由来すると言う驚くべき結果だ。タイトルは「Altitude adaptation in Tibetans caused by introgression of Denisovan-like DNA(デニソーバ人に似たDNAの移入によるチベット人の高地順応)」で、Natureオンライン版に掲載された。高地順応と言っても一様ではない。チベット人は赤血球やヘモグロビンを増加させず高地に順応することに成功している。この性質と最も相関が高い遺伝子多型がこれまでの研究でEPAS1遺伝子領域に同定されている。この仕事ではまずこの領域の遺伝子多型の起源を1000人ゲノム計画を始め利用できるデータを駆使して検索している。そして、現代人のゲノムライブラリーには全く見当たらないのに、なんと2万年前に絶滅したと考えられるデニソーバ人のゲノムに同じ多型が見つかると言う驚くべき結論に達している。もちろん一つのSNP(一塩基多型)が古代人と一致することはあるが、EPAS1領域にある20の多型のうち12がデニソーバ人と一致することは、交雑により移入された遺伝子が高地順応に有利な効果を提供した結果、チベット族だけに維持されたと考えることが出来る。これを確認するため、多くのチベット族と漢人からゲノムを集めこの部分の多型の分布を調べ、チベット族のほとんどがこの多型を有していること、及び漢人にも低い確率でこの多型を持つヒトが存在することを明らかにしている。最終的にこの論文で最も可能性の高いシナリオとして示唆されているのが、アルタイ山付近のデニソーバ人は漢族とチベット族が分かれる前の人類と交雑があり、その結果遺伝子が移入されたが、その後のデニソーバ遺伝子は希釈により漢人から失われて行った。一方高地に住むようになったチベット族にとってこの多型は高地順応のため価値が高く、他の遺伝子領域からデニソーバ人遺伝子が失われても、この多型は必須遺伝子として維持され続けたと言うシナリオだ。しかし、人文領域とされて来た歴史学が今大きく変わろうとしていることを感じる。特に遺伝子移入を通して民族の交流の歴史が次々と明らかになっている。毎日新しく書き換えられる民族交流の歴史をじっくり眺めれば政治家の決断も変わるかもしれない。最後に、クモゲノム、シロクマゲノム、ハダカネズミゲノム、そしてチベット族ゲノムと立て続けに生み出される論文を読むと、北京ゲノム研究所(BGI)の底力を実感する。BGIが活動を始めた頃、我が国の研究者は「データが当てにならない」などと表面を見ただけの批判をすることが多かったように思う。しかし気がついてみると、この分野のBGIのシェアはもはや我が国の及ぶ所でなくなっているように感じる。長期的視野を持って民間活力を生かした発展を続けるBGIから改めて学ぶ時が来たのではないだろうか。

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