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8月16日:飢餓体験の身体的記録(8月15日号Science誌掲載論文)

2014年8月16日
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妊娠中の低栄養が子供の体質を大きく変化させ、様々な障害をもたらすことがよく研究されている。この分野は、先の大戦でドイツ軍の封鎖により飢餓状態にさらされたアムステルダム近郊に住む妊婦さんから生まれた子供の何十年もにわたるコホート研究をきっかけに始まり、飢餓の影響が体質として一生つきまとい、自閉症などの中枢神経型の症状、成年以降インシュリン分泌の低下や肥満などの代謝異常を引き起こすことがわかってきた。この体質変化の背景には、遺伝子のon/offを調節するエピジェネティックスと呼ばれている分子機構の変化があることがわかり、ゲノム自体とは異なる体質の原因として研究が進んでいる。驚くべきことに、この影響が子供だけでなく、その孫世代にも及ぶケースがあることもわかって来た。動物モデルでもこのことは確かめられ、我々がまだ理解していないエピジェネティックな過程があるのではと研究が続いている。今日紹介するケンブリッジ大学からの論文もこの問題に挑戦した研究で、8月15日号のScience誌に掲載された。タイトルは、「In utero undernourishment perturbs the adult sperm methylome and intergenerational metabolism(子宮内で経験した低栄養は成人の精子のDNAメチル化様態を変化させ、世代を超える代謝障害を引き起こす)」だ。研究ではマウスの妊娠後期に強い飢餓を経験させ、生まれてくる雄の子供の精子のDNAのメチル化パターン、及びその精子を持つ親から生まれた孫世代に見られる変化について研究している。DNAのメチル化は遺伝子の発現を押さえるエピジェネティックな機構として最も重要な柱で、飢餓はこのメチル化過程に抑制的に働くことがわかっている。この研究では飢餓を経験した雄マウスが成長してから精子を採取し、精子DNAのメチル化パターンに飢餓の影響が残っているか先ず調べている。遺伝子全体で見たとき、飢餓がメチル化レベルに影響していることを検出することは出来ないが、少数の遺伝子には確かにメチル化レベルが低下していることが確認される。この研究ではメチル化レベルの低下している約100個の遺伝子を特定し、その中から17遺伝子を飢餓に影響される遺伝子として選んでその後の研究に用いている。精子のメチル化状態は、胎児発生時に一度ほとんど完全に消去されてから妊娠後期に再メチル化される。従って、これら特定の遺伝子で見られる低メチル化状態は、この再メチル化が飢餓により特異的に阻害される遺伝子があり、こうして生まれた状態が次の孫の世代に影響する可能性があることを示している。実際、この精子によって生まれた孫世代では、インシュリン分泌低下や肥満が見られる。この研究では、この異常は既に胎児期の肝臓に見られることも確認している。ではこの孫世代の異常はメチル化の異常によるのだろうか?予想に反して、精子で見られた低メチル化状態はこれらの組織で完全に元にもどっている。しかし、精子で低メチル化されていた遺伝子の発現は確かに変化している。わかりにくいかもしれないが、受精前の精子の低メチル化状態が、その遺伝子のエピジェネティックな状態をメチル化とは異なる機構で変化させ、胎児期から続く体質として決めてしまうことが明らかになった。残念ながら、なぜこんなことが起こるのかこの研究では答えられていない。様々な可能性が想像されるが、今後エピジェネティック研究の重要な課題になるだろう。しかしこれまでの研究は、妊婦さんにはくれぐれも無理なダイエットをしないよう警告を発している。

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