AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 8月21日:英国科学界によるリチャード3世暴き(Journal of Archaeological Scienceオンライン版掲載論文)

8月21日:英国科学界によるリチャード3世暴き(Journal of Archaeological Scienceオンライン版掲載論文)

2014年8月21日
SNSシェア
歴史の多くは書かれた文書の断片を集めて再構成される。この方法論は2つの問題を抱えている。先ず書かれた文書にはウソがある。次に記録の量が、その人の属する階層と比例しており、自ずと高い階層についての記録のみで再構成される。しかし世襲が確立している社会ならともかく、ある個人の階層は時代とともに代わるため、王と言っても記録が抜けていることはいくらでもある。例えば、ナポレオンの子供時代を考えると良い。記録が乏しいためか逆に多くの逸話が残っているが、真偽のほどはわからない。いずれにせよ、こんな例が多くあるから歴史家が張り切る。そんな対象の一人が英国ではリチャード3世だ。特にシェークスピアが狡猾で陰謀を駆使する悪役王の代表として描いてしまった。当然フィクションだが、どこまでフィクションか気になる。幸い成人してからの正式な記録は多いので、ある程度の判断は可能だ。しかしシェークスピアがひねくれた心が形成された時代として描いた子供時代の記録は少ない。そんな時2012年に突然リチャード3世の遺体が記録通りの場所で発見される。この時から科学が歴史再構築に参加する。今年6月3日、彼の骨格を再現して、側湾症を煩っていたが、運動機能は正常だっただろうと結論したThe Lancetに掲載された論文を紹介した。今日紹介する論文は、リチャード3世が何を食べていたかを調べ、子供時代からの彼の生活ぶりを調べた英国ノッチンガム大学の研究で、Journal of Archeological Scienceのオンライン版に掲載された。タイトルは「Multi-isotope analysis demonstrates significant lifestyle change in King Richard III(複数種のアイソトープ分析はリチャード3世の生活スタイルが大きく変化したことを明らかにする)。」だ。研究は歯や骨に含まれる酸素、ストロンチウム、炭素、窒素の同位元素、及び骨に蓄積される鉛の量の分析が全てだ。詳細は省くが、人間の歯や骨の成長時期、あるいは成分が更新される速度が異なっているため、採取した部分と年齢を対応させることが可能だ。このおかげで、各年齢で摂取した食事に含まれたアイソトープの成分比を割り出すことが出来る。例えば臼歯をスライスして分析するとき注意深く場所を選んで切り出すことで、特に子供時代の各年齢の成分を推定できる。他にも、肋骨の骨は2−5年で置き換わるらしく、従って残っている骨に蓄積したアイソトープは、死の2−5年前の生活状況を反映していると言える。後は全て省略して、分析から浮き上がって来たリチャード3世の生活スタイルをまとめると次のようになる。先ず雨の量を反映するアイソトープを利用した測定から、彼が3歳位まではイギリス東部で生まれ育ち、その後7−8歳位まで西部に移って生活した後、また東に移っていることがわかる。この子供時代の移動の結果は食事にも反映されており、西部では穀物中心であったことがわかる。勿論政治の表舞台に登場してからは、動物性タンパク質を多く取る貴族生活を送っていたこともはっきりした。そして王になると、魚の摂取がが減り肉の摂取が増えることまでわかる。勿論理解しづらい結果も出てくる。普通なら雨の量を反映するアイソトープが死の2−3年前に上昇している。しかしこの時期彼は王としてずっとイギリス東部にいたことははっきりしているため、この結果は住んでいる場所では説明できない。このグループは一つの解釈として、同じアイソトープを多く含むワインをかなりの量飲むようになったからではと推察している。勿論私も、食事がリッチで、ストレスが多ければフランス産のワインを飲むのは当然の結果だろうと解釈に異存はない。結果は以上だ。面白い話だが、科学が参加してもまだまだ歴史家の想像力の必要な分野であることがよくわかった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


The reCAPTCHA verification period has expired. Please reload the page.