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9月29日:ガン治療薬の治験のあり方を根本的に見直す(10月号Journal of Thoracic Oncology掲載意見)

2014年9月29日

これまで何回もこのホームページで紹介して来たように、ガンゲノム研究が大きく進展し、またエクソーム解析などが安価に提供される日がすぐそこまで来ている。また慢性骨髄性白血病、GIST、非小細胞性肺ガンなどの例で示されたように、治療可能な標的分子が見つかるガンでは低い副作用で高い効果が期待できる。他にも乳がんでは、3種類の分子の発現を調べて治療計画を立てるのが普通になっている。しかし標的分子に対する薬剤と言っても必ず高い効果があるわけではなく、効果を統計的に確かめる必要がある。これまでの治験では、例えば扁平上皮肺癌なら全ての患者さんを同じ病気とみなし、一定数の患者さんを対象に統計学的に確立した方法で治験を行なえば良かった。しかし、ガンゲノム解析など、ガンが発現しているバイオマーカーに基づく標的薬治療になると、個々の患者さんを対象とする個別医療と、人間を集団として扱う統計学を統合した複雑なプロトコルが必要になる。これが実現すればこれまでより多くの患者さんが救われる事は間違いないが、個別の創薬企業や医療施設だけで取り組める事ではない。近い将来ガン治療が大きく変わる事を確信して、政府、医学研究者、製薬、そして患者さんが一体となって治験に取り組まなければならない。このための会議が2012年にアメリカ国立がん研究所の主催で持たれた。この会議をきっかけに続けられた様々な議論についてまとめ、新しい治験プロトコルのアウトラインを紹介したのが今日紹介する論文で、10月号のJournal of Thoracic Oncologyに発表された。創薬促進には新しい方法を積極的に取り入れるのが当たり前とは言え、この様な会議を組織したアメリカの規制当局の構想力に感心した。論文のタイトルは「Consensus report of a joint NCI thoracic malignancies steering committee: FDA workshop on strategies for integrating biomarkers into clinical development of new therapies for lung cancer leading to the inception of “Master Protocols” in lung cancer」と長いので、短く「将来の肺がん治療のマスタープロトコルを確立するためにバイオマーカーをどう治験に統合するか考えるFDAワークショップのレポート」とでも紹介しておこう。これまで私はガンを知って戦うという一面だけを強調して来たが、実際に治験を行なうとなるとそう簡単ではない。腫瘍の生物学的性質を治験に取り入れるほどプロトコルは複雑化する。また、がん組織をどう採取するのか、どう保存しどう調べるのか、薬剤効果の判定基準にバイオマーカーは使えるかなど議論する点は多い。またゲノムを調べても適切な標的が見つからなかった患者さんたちを排除する事になってはならない。乳がんで行なわれている様な限られた遺伝子だけを調べるのではなく、全エクソーム解析を普及させ、他の可能性が見つかる検査が必要かもしれない。おそらく会議でも大変な議論が行なわれたのだろう。こんな会議があれば是非傍聴してみたい。何が問題かを認識した上で、会議参加者全員がガン治療が大きく変わる事を確認し、それに合わせた治験法の開発の必要性について合意した。最初からゲノムなどバイオマーカー検査で選んだ患者さんを対象にした、この議論の結果を反映した治験プロトコルも既に実施段階にあるようだ。最後にこの会議の集大成とも言うべき国立ガン研究所が提案しているLung-Map trialと名付けられたプロトコルが紹介されていた。先ず患者さんのゲノムや遺伝子発現を次世代シークエンサーや免疫抗体法で調べ、結果に応じて4種類の異なる標的分子に対する薬剤に振り分け、ガンの進行が止まるかどうかを判定基準として治験を行なう。この方法だと、標的分子が新たに見つかっても同じ枠組みで治験を進められる。また、同じ分子に対する異なる会社の薬剤も治験が可能だ。是非計画が速やかに実施される事を期待する。しかしよく考えるとこの大きな変革により、治験は創薬会社が独自で行なう研究と言う考えは変える必要がある。この様な治験の枠組みが可能になるには、行政、創薬企業、医師、研究者、そして患者さんが、ガンを治療すると言う一点に向けて密接に協力する必要がある。また、費用も創薬企業が全て負うと言うのもおかしくなる。即ち、創薬の最終段階である臨床治験が従来とは大きく変わる事を意味している。しかしこの大きな変革を我が国の行政、製薬、医師達が主導できるのか心配だ。例えば日本版NIHがこの新しい時代を主導できないなら存在価値はない。助成金を配るだけの行政から、新しい時代を組織化する行政に変革できるか、先見性と企画力が求められている。


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