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9月30日:主観的概念を記録する神経細胞(10月号Neuron誌掲載論文)

2014年9月30日

私自身は認知科学の研究を行なった事はないが、この分野の本や論文はいつも面白く読んでいる。私たちが日常何気なく行なっている行動が、脳の領域や、時には一個の神経細胞の反応レベルに落とし込んで示されると、これほど複雑な仕事を毎日こなしている自分の脳が本当にいとおしくなる(と言う気持ちも自分の脳の活動だが)。人間の認知科学の論文を読むもう一つの楽しみは、研究者達が様々な工夫を凝らした実験システムを使っている点で、実験結果より疑問に答えようと設計される様々な課題の創造性にいつも感銘を受ける。今日紹介する英国Leicester大学からの論文もそんな一つで、人間の顔認識過程に関わる神経細胞の研究で、10月号のNeuron誌に掲載された。タイトルは「Single-cell responses to face adaptation in the human medial temporal lobe(脚色された顔に対する人間の側頭内側葉の単一細胞の反応だ)」。研究の課題は、人間の顔識別だ。ほとんどの人は顔を名前と結びつけて脳内に記憶している。知っている人の顔なら、少々顔が不明瞭でも誰の写真か言い当てる事が出来る。この過程はこれまでも研究されており、「face adaptation」と言う課題が既に考案されている。この課題では、例えばクリントンとブッシュ大統領の写真とともに、コンピュータで両方を合成した写真を用意する。そのまま合成写真を見せて名前を言わすと結果は五分五分だが、先にクリントンの写真を見せてから合成写真を見せると、ほとんどがブッシュと答える。逆にブッシュの写真を見せてから合成写真を見せるとクリントンと答える事が既に知られていた。実際論文の写真で自分で確かめるとたしかにそうだ。おそらく先に見た標準からの違いを主観的に判断して名前を呼び起こしているのだろう。いずれにせよ視覚認識だけで決めているわけではなく、ブッシュやクリントンの概念に対応する領域が形成され、判断の基準になっているようだ。この研究では、この課題を行なっている時、個々の神経細胞の中に、ブッシュ、あるいはクリントンと名前を決める時にだけ関わる神経細胞がないかどうかを調べている。勿論正常な人の脳に電極を刺す事は出来ない。しかしここでも一度紹介したが、多数の電極を備えたネットを脳内に留置して癲癇の原因となっている領域を特定する検査法がある。このネットが留置された患者さんにボランティアになってもらい、この課題を行なっている際、名前の決定過程にだけ関わる単一神経細胞があるか調べたのがこの研究だ。結論的に言うと、ブッシュの写真を見てブッシュと決断する時反応する細胞の中には、クリントンの写真を見てクリントンと判断する時に反応しない細胞がある。この細胞のほとんどは、クリントンを見てから合成写真を見てブッシュと判断する時に反応する。しかし全く同じ合成写真をブッシュの写真を見てから見ても反応しない。何故なら同じ合成写真をていても、先にブッシュを見ているため判断がクリントンになるからだ。即ち、視覚的に顔を認識している過程とは全く別に、ブッシュと言う概念にだけ反応する神経細胞群があり、認識された視覚パターンを判断する時にだけ興奮すると言う結果だ。事実この様な神経が見つかった側頭内側葉は高次視覚領域が投射する場所だ。おそらく著者等は、クオリアなど主観的認識の謎に迫る手がかりと言いたいようだが先は長い。しかし21世紀、これまで科学が解明できていない主観と客観の問題も全く新しい手法で明らかにされて行く様な予感がする。


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