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10月17日:悲しい現実と希望(10月号Biological Psychiatry及びアメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2014年10月17日
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4年ほど前に北ルーマニアの木造教会群を旅行したが、ヨーロッパの他の国と比べても、信心の厚いキリスト教国(ルーマニア正教)と言う印象だった。しかしこの国も、チャウシェスク政権下では様々な精神的破壊を経験している。実際、美術館に行っても戦後の文化活動の低下が良くわかる。私は音楽家しか知らないが、エネスコやリゲティなど芸術の豊かな国のはずだ。この独裁政権下で今でも記憶に残るのがチャウシェスクの孤児と呼ばれている孤児院に入れられた数千人の子供達だ。人口増加を計る目的で、チャウシェスクは人工中絶禁止政策などをとったが、この結果多くの子供が捨てられる結果を招き、この子供達を急設した孤児院に収容する。この子供達の置かれた劣悪な環境が、チャウシェスク政権崩壊時明るみに出て、ニュースで取り上げられた。今や私たちの記憶から消えようとしているが、子供達には悪いがこの滅多にない経験を医学的に追跡し続けているコホート研究があるのを知って驚いた。今日紹介する論文はハーバード大子供病院の論文で、この子供達が成人してからの精神状態についてMRI検査とともに行なっている研究で、Biological Psychiatry誌10月号に掲載されている。タイトルは「Widespread reduction of cortical thickness following severe early-life deprivation:A neurodevelopmental pathway to attention-deficit/hyperactivity disorder(幼児期に厳しい条件に置かれると大脳皮質が小さくなる:ADHD症候群への神経学的経路)」だ。少しタイトルは大げさだが、この研究では孤児院に収容された子供達58人を8歳、10歳時にMRIとADHD(注意欠陥過活動性障害)について調べている。結果は明快で、孤児院に収容された子供達は、大脳の広い範囲で皮質灰白質の厚さが低下しており、この低下により、常道性や注意障害などが起こっているようだ。悲しい結果だが、この機会をしっかりと記録し続けている研究がある事を知って心強く思った。この子供達の脳は既に成長期を過ぎており、症状を改善するのは至難の業だろう等、考えていると思いがけない論文を見つけた。これもハーバード、マサチューセッツ総合病院からの論文で、自閉症の症状を改善する薬剤の研究で、アメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Sulforaphane treatment of autism spectrum disorder(ASD) (自閉症スペクトラム障害のスルフォラファンによる治療)」だ。この研究では、最初ブロッコリーから抽出されたスルフォラファンを13−27歳の自閉症患者さんに4ヶ月にわたって間服用してもらい、症状を調べている。程度の差はあるが、ほぼ全ての患者さんの様々な症状が大幅に改善する。一方、偽薬を飲んでいる群では全く改善はない。症状が改善するのは、異常行動、社会性、興奮性、無気力、多動、常同性などだ。対症療法である事は、服用を辞めるとすぐに元にもどる。従って、服用を続ける必要がある。ただ、スフロラファンは日本でも食品メーカーから売られている抗酸化作用をうたったサプリメントで、長期服用は可能ではないだろうか。だとすると、ADHDの子供達にも是非試してあげて欲しいと思う。

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