AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 3月20日:英国人(3月19日号Nature掲載論文)

3月20日:英国人(3月19日号Nature掲載論文)

2015年3月20日

このホームページで当たり前のように使っている言葉ゲノムにはどんな意味が含まれているのかをよくよく考えると、定義するのはそう簡単でない。物質として考えると、私たちの細胞核の中にある核酸の集団30億塩基対と簡単だが、情報として考えると様々な意味を持つ。もちろん細胞や個体が未来に向かって生きていくためには必須の情報だが、トランスクリプトームや他のオミックスとは全く違う意味がある。即ち、現在のゲノムが生まれるまでの過去の歴史が書かれている。これに気づいて、今や新しい歴史学、地理学が誕生しようとしているが、今日紹介するオーストラリア・英国の合同チームからの論文は一つの例だ。英国人が成立する過程をゲノムから解明しようとした研究で、3月19日号Natureに掲載された。タイトルは「The fine-scale genetic structure of the British population(英国人の微細レベルの遺伝子構造)」だ。この研究では、英国人をゲノム上の違いとして特定できる集団に分け、その集団の地理学的分布を調べようとしている。英国各地域を代表する人を集めるために、それぞれの祖母・祖父4人全員が80km以内で生まれた人を2039人選び、その遺伝子型をSNPアレーで調べている。このような研究はこれまでも行われてきたが、これまでの解析ソフトは、一つの国の中の集団の小さな違いを指標にグループ分けするのは苦手だったようだ。この論文では、2012年に新たに開発されたFineSTRUCTUREという解析ソフトを使って分析している。このソフトの原理については完全に理解できているわけではないが、それぞれのゲノムが様々なゲノム同士の交雑を通して形成されてきたことをモデル化して、一人の人間のゲノムが生まれる過程を、個々のSNP部分から連鎖するクラスター、そして最後に各クラスターを配置した染色体へと再構成するボトムアップの手法で解析しているようだ。この研究では、まずこのソフトを用いて、対象者を住んでいる場所とは無関係に分類し、結果をそれぞれの居住地区にプロットすることが行われている。はっきり言って、アイデアとこの解析ソフトがこの研究のすべてだが、結果は予想通りというか、英国人なら全員納得の結果だ。おそらく英国中で話題になっているだろう。今回調べた対象者は、17のクラスターに分類できる。各対象者がどのクラスターに属するかを色分けし、それを英国の地図にプロットすると、英国各地域が異なる集団で構成されていることが一目瞭然でわかる。わかりやすく言えば、スコットランド人、イングランド人、ウェールズ人は遺伝的に違う。さらに、オークニーのような小さな北の島の住人はもっと違う。一方、北アイルランド人とスコットランド人はよく似ているという具合だ。この成り立ちを探るため、周りの国々の住民と比較すると、北欧、ドイツ、フランス、スペイン、イタリア人との関係、即ち侵略や移住の結果による交雑が反映されている。この交雑史はさらに歴史書の記す交雑史と一致し、それぞれの地域住民の成立過程を新しく描き直せるという結論だ。地図を見るだけで本当に感心するし、楽しめる論文だった。例えば、現在各地域に住む人を無作為に選択して同じ調査を行い今回の結果と比べると、おそらく英国でどのような人の流れが生まれているのかわかるだろう。地方創生を掛け声にする我が国も、経済だけでなく、このような実態調査の上に計画を練るのも重要ではないかと思う。21世紀、ゲノムが文明を変えていることを実感する論文だった。


  1. 浅川茂樹 より:

    これから論文を拝見します。
    心の中で誰もが自分のルーツを気にしているのではないかと思うことがあります。こういったこと欲求に応えるきっかけになるかもしれません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*