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6月1日:なぜ卵巣癌治療が難しいのか?(Natureオンライン版掲載論文)

2015年6月1日
研修医の頃、胸水で見つかった進行性の卵巣癌の患者さんを受け持ったことがある。心嚢炎まで併発して、次々と起こる症状への対応に精一杯で何もできないうちに亡くなった。もちろん当時はガン発生のプロセスも、遺伝子のことも何もわからなかった時代だ。このガンに対しては早期発見と外科手術以外に医学はなすすべもなかった。しかし今日紹介するオーストラリア・クイーンズランド大学を中心にしたコンソーシアムからの論文は、あれから40年たってガンのことが理解できても、進行性の卵巣癌の治療が簡単ではないことを示す研究で、Natureオンライン版に紹介された。タイトルは「Whole-genome characterization of chemoresistant ovarian cancer(化学療法抵抗性の卵巣癌の全ゲノム解析)」だ。この研究の対象は卵巣癌のうち悪性漿液性癌と呼ばれるタイプの癌で、化学療法に抵抗性を示した癌114サンプルの全ゲノムを解析し、正常組織と比べた研究だ。これまで、翻訳される部分を調べたエクソームに関する研究は論文があるが、全ゲノムを徹底的に解析したのはこの論文が最初のようだ。いつものことだがゲノム研究の論文のデータは膨大で、詳細を紹介するのは難しい。従って幾つかの点について要約する。まず、他の癌と比べた時、この癌では細胞の増殖を促進する遺伝子を特定しにくいことが知られていたが、全ゲノムレベルの解析をしてもこの状況はからわらず、ほとんどのサンプルで検出可能なのはp53の変異だけと言える。ただ、全ゲノムを調べることで遺伝子発現調節領域の異常が特定できるおかげで、NF1やRB1といった癌抑制遺伝子の発現異常は2割ぐらいの患者さんに見られ、この癌では様々な癌抑制機構が無力化されていることもわかる。重要なことは、他の癌と比べると遺伝子変異の量は圧倒的に多く、この変異の種類を調べると、BRCAを中心にした相同組み替えに関わる遺伝子異常が原因で起こってくるタイプの変異であることがわかる。すなわち、BRCAをはじめ様々な相同組み替え分子異常が最初に起こり、その結果多くの変異が癌でランダムに起こっていくことが発がんの最初の引き金になっている可能性が高い。実際、ほとんどの癌ではp53と共に、BRCA遺伝子か他の相同組み替え機構に関わる遺伝子に変異が認められる。次に、ゲノム解析結果から癌の予後をどの程度予測できるか調べ、サイクリンE遺伝子が増幅しているケースでは化学療法がほとんど効かないこと、逆にBRCA変異がある場合は化学療法への反応性が高いことがわかる。ゲノムの不安定性を増して発がんの原因になるBRCA遺伝子の変異が、予後にとっては良いサインであることは重要だ。修復機構は癌の生存にも必要なため、化学療法の効果が大きいのだろう。一般抗がん剤だけでなく、最近BRCA変異があるとPARPと呼ばれるDNA修復酵素依存性が高く、この分子を阻害剤する薬剤が使われるようになった。このように、BRCAは発がんの誘引だが、癌の弱点として治療選択肢を増やしてくれることがこの研究でも確認された。ただ転移したガンを調べると、BRCA変異が元に戻って、薬剤に反応しなくなる細胞が発生する。他にも薬剤を細胞外へ汲み出す分子の発現亢進など、がん細胞が生きるための様々な機構を短い期間に獲得する、融通無碍の癌がこのタイプの癌であることがよくわかった。まとめると、相同性組み替えを使う修復機構の異常から始まり、ゲノム全体で変異を急速に積み重ねることがこの癌の特徴で、最初から極めて多様で、ガンとしての共通の特徴が見つけにくい。この結果、適合する標的薬を見つけることは現在のところ難しい。ただ救いもある。変異が多いということは、ガン特異的抗原を発見するチャンスが多いということだ。また、BRCA変異を持つガンでは、腫瘍部位へのリンパ球浸潤が見られる。このガンの最初の引き金がゲノム修復異常なら、免疫療法は効くチャンスが高い。実際、このタイプのガンに抗PD1抗体が著効を示したケースも報告されている。ガンのエクソームとチェックポイント阻害を組み合わせた治療法をぜひ開発して欲しいと願う。

  1. 横田浩美 より:

    卵巣癌、おそるべしです。
    再発してきたときに、全く組織形が変化していることを経験することはしばしばで。この論文でも触れてありますが。
    免疫療法が功を奏する時代がはやくくればいいのに、、と婦人科医なら誰しも一度は思うのでは?

    1. nishikawa より:

      ぜひ専門家からの意見もインプットしてください。

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