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6月5日:消化管幹細胞の新しい培養法(Natureオンライン版掲載論文)

2015年6月5日
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ES細胞やiPS細胞は、原理的には自己由来の全ての分化細胞を作成できるという点で画期的だが、逆に樹立と分化誘導にかかる時間とコストが問題だ。一方すでに分化した組織幹細胞の自己再生を試験管内で維持する事ができれば、分化細胞を得るための時間とコストは大幅に減少する。この事から、今も組織幹細胞の新しい培養法の開発が続いている。組織幹細胞の中でも、皮膚や消化管幹細胞の培養は伝統があり、中でも現慶応大学消化器内科の佐藤さんが確立した消化管幹細胞のオルガノイド培養法のこの分野への貢献は計り知れない。ただ、このオルガノイド培養にも問題がある。すなわち、幹細胞と分化した細胞が助け合って組織を形成するため、例えば幹細胞だけを対象にした遺伝子解析などが難しい。今日紹介するジャクソン研究所とシンガポール大学からの論文はヒト胎児(20−24週)消化管のどの部分からも幹細胞だけを取り出し、未分化なまま培養できる方法の開発研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Cloning and variation of ground state intestinal stem cells(腸管幹細胞クローン培養法により明らかになった多様性)」だ。この培養法では皮膚上皮培養で成功したフィーダー細胞が、様々な増殖因子と組み合わせて使われている。驚くのは、こうして開発された単一の培養法が、腸管のあらゆる部分から採取した幹細胞増殖に有効で何ヶ月も安定に幹細胞だけを培養できる点だ。更に、発生の起源が同じ気管上皮の幹細胞も培養することができる。そしてWnt増殖因子を除いて(除く必要もないようだが)、培養液に浮かべたフィルター上で細胞を培養することで、それぞれの幹細胞に応じた分化組織を簡単に得ることができている。すなわち、幹細胞時期には同じように見えても、分化の方向性が記憶されているということだ。このことを反映して、同じに見える幹細胞が発現している遺伝子を調べて比べると、気管、小腸、大腸各部の幹細胞はそれぞれ異なっていることが明らかになった。発生学から見ると、ヒトでこの差を遺伝子レベルで定義できるとは本当に興奮する。この研究の価値は臨床応用といったレベルの話では全くない。おそらく、組織幹細胞とは何かについてこの方法を用いた多くの研究が行われるだろう。楽しみだ。もちろん臨床にも役にたつ。ここでは腸内の厄介者クロストリジウムの毒素の作用メカニズムがこの方法で研究できることを示している。しかしこれはポテンシャルをチラッと覗かせる愛嬌で、直腸がん発生初期に問題になるミスマッチ修復酵素のエピジェネティックな変化の誘導についての研究など、多くの分野の臨床研究者の頭の中ではいろんな可能性が渦巻いているはずだ。大きなポテンシャルを持つ培養方法だ。本当に素晴らしい技術の価値は、基礎臨床といった狭い了見で想像できるものではない。この技術は基礎・臨床を問わず消化管を研究する全ての分野の研究者のスタンダードになるだろう。この様な研究を見ていると、幹細胞研究がiPSに集中せず多様性を維持できるよう、山中さんを始め日本の幹細胞研究指導者達が気を配る余裕を示す時期が来たのではないかと思う。
  1. okazaki yoshihisa より:

    ES細胞、iPS細部だけでなく、組織幹細胞からのミニ臓器再生。ヒト生物学の幕開けを感じます。
    佐藤俊郎先生のグループによる、

    正常大腸オルガノイドと腺腫由来大腸オルガノイドを比較した、組織学的悪性度比較の研究とか大変面白いです。
    ガンの悪性転化=ドライバー遺伝子変異+染色体不安定性・異数性変異

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