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6月12日:外科手術の評価(Annals Thoracic Surgery6月号掲載論文)

2015年6月12日
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最近我が国では、内視鏡手術、肝移植など外科手術の適応を巡って議論が行われている。外科手術の評価は、術者の技術や施設の体制など様々な要因が重なって決まるため、同じ術式でも薬と同じように扱うのは難しく、結局施設だけではなく術者も含めた結果を公表し、患者さんに選んでもらうしかないと私は思っている。重要なことは、白血病など一部の例外を除いて成人のガンの場合、根治のためには外科手術が必要なことは私が卒業してから40年の間変わっていないことで、分子標的薬が進んだ今も、根治が約束できる化学療法はほとんど存在しない。このため、手術ができないと判定されると、根治を諦めることになる。もちろん外科としても、手術が唯一の根治の手段という自負から、手術の適応をなんとか広げようと努力が続いているが、手術の効果が定まっていない境界領域の患者さんに手術を行うことは常に議論を呼ぶ。今日紹介するワシントン大学からの論文は手術適応はないとされていたステージIIIBの患者さんに対して行われた手術の成績を医療統計的に評価した研究で6月号のThe Annals Thoracic Surgeryに掲載されている。タイトルは「Role for surgical resection in the multidisciplineary treatment of stage IIIB non-small cell lung cancer (非小細胞性肺がんステージIIIBの複合治療での外科切除術の役割)」だ。研究では1998年から2010年に行われた非小細胞性肺がん(NSLC)治療成績のデータベースから、手術例と非手術例を選び出し、背景の条件を合わせて生存率を比較した研究だ。NSLCのステージIIIBは、原発のガンが周りの組織に浸潤して、リンパ節転移が認められる段階で、多くの病院では手術適応外と判断される。まず羨ましいことに、アメリカにはこのステージの肺がん患者さん17万人が登録されており、そのうち15万余は治療のほぼ完全なデータが得られることだ。その中から、化学療法と放射線療法を基準に従って最後まで受けた患者さん7459人と、ほぼ同じ治療に加えて肺葉切除を行った患者さん1714人を選び出し生存率を比較している。手術例の7割は腫瘍完全切除を行なっており、6割で肺葉切除が施されている。さらに、この中から年齢、性、人種、収入、腫瘍サイズ、リンパ節転移の状態を揃えた患者さんを631人づつ選んで、背景を厳密に揃えた組み合わせの比較も行なっている。軍配は明らかに外科手術併用に上がり、5年生存率では10−20%、50%生存で1年の差見られる。外科手術の効果は放射線化学療法の前に行おうと、後から行おうと大きな差はないようだ。したがって、もし安心できる外科医と体制を抱える施設なら、肺切除という大きな負荷のある手術に挑戦する価値はあるという結果だ。もちろんアメリカの成績がそのまま我が国に当てはまるわけではない。しかし、我が国で同じような大規模調査ができる日はいつ来るのだろう。手術の評価はこのような統計学的調査が行われた上で、議論が行われる必要がある。我が国は何かと言うと専門家や専門家委員会に頼る。ただ、そこに客観性があるという期待は幻想だ。専門家委員会も、科学的なエビデンスが得られて初めて機能する。そのエビデンスを取る手段が我が国にないのが問題だ。この論文を読んで、年収に至るまで背景を揃えることができるデータベースがアメリカに存在するのに驚かされる。しかし本当はそれが当たり前で、驚く私が遅れている。アメリカは医療保険など様々な問題を抱えていても、公衆衛生や疫学では我が国をはるかに凌駕している。このレベルのデータが我が国でも利用できるよう、早く追いつく努力が必要だ。
  1. 橋爪良信 より:

    昨晩、ノンフィクション番組での1エピソードです。
    天然痘再発かと疑われた幼女の病態から、猿痘ウイルスの同定、感染源の特定と感染収束へのCDCの一連の対応は好例かと思います。

    1. nishikawa より:

      レジストレーションが始まったとはいえ、このレベルのデータが得られには時間がかかるでしょう。このハンデを背負う日本の研究者はかわいそうです。その責任は、私たちも含めた上の世代にあるのでしょう。

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