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8月12日:過去のウイルスを現在に蘇らせる(8月11日号Cell Reports掲載論文)

2015年8月12日
最近の臨床治験論文を見ていると、長年試行錯誤を繰り返してきた遺伝子治療が、有効な治療として実現しつつあることを実感する。このホームページでも、パーキンソン病、ムコ多糖症、重症免疫不全症、血友病、黒内症などの治験を紹介した。多くの遺伝子治療には、遺伝子の運び屋としてウイルスベクターを用いるが、中でもアデノ随伴ウイルスベクターは様々な細胞に高い効率で観戦することから、最もよく利用されるベクターになっている。このベクターを用いるウイルス治療が定着すると、今度は安全・高効率なウイルスベクターの開発が重要になる。この時、進化過程を模倣してランダムに起こる変異の中からさらに優れた形質を選び出すことがウイルスでも行われる。しかし、一旦環境に合わせて進化した遺伝子から全く新しい形質が生まれる可能性は低くなっている。そこで、時間を巻き戻して、進化前のウイルスを再構成して、そこから新しい形質を選び出す方法が数年前から試みられている。今日紹介するハーバード大学からの論文はその例で、この方法でアデノウイルスベクターの改良を図った研究だ。タイトルは「In silico reconstruction of the viral evolutionary lineage yields a potent gene therapy vector (ウイルスの進化過程をコンピューター上で再構築することで有用な遺伝子治療ベクターが開発される)」だ。この研究では、1)サルに自然感染している、2)ウイルスタンパクの再構築が確認されている、3)組み換えが起こっていない、の3条件を満たすアデノ随伴ウイルスベクター・カプシドの遺伝子配列を比べて系統樹を作成し、推計学的方法を用いて現存のアデノウイルスの祖先と言えるウイルスの持つ配列を再構成している。こうして再構成した配列を元に遺伝子を再構築し、このカプシドを持ったウイルスベクターを使ってその効率や安全性を調べている。おそらく著者らもここまでうまくいくとは思っていなかったのだろう。例えば私なら、この祖先からもう一度進化させてみる方法をまず想像したと思う。しかし、再構築した祖先型ウイルスは、1)熱安定性が高く、2)ウイルス回収率は現在ベクターに使われているウイルスに匹敵し、3)遺伝子導入効率は試験管内も、体内に投与した場合も現存のベクターより優れており、4)免疫原性も低いという、いいことづくめの性質を持っているという結論だ。今後、他の構成成分も同じように再構築して、より有用なベクターを開発できるとしているが、ベクター開発としてはそれでいいだろうが、進化での自然選択を研究する基礎的観点からも面白い結果だ。今後ウイルスについては、祖先を復活させて新たに進化させる研究方向がますます盛んになるだろう。ただ、こんな論文を読んでいると、遺伝子改変生物の封じ込めの議論をもう一度やり直したほうがいいように思う。おりしも、クリスパー技術について封じ込めの重要性を訴える基礎科学者の声明が出されている(7月30日Science Express)。わが国ではクリスパーの倫理問題はヒト生殖細胞系列の遺伝子改変の議論と人間から見た安全性に限定されているようだが、クリスパーも含めて遺伝子改変にはもっと深刻な問題がある。ダーウィン進化は生殖を通して伝わるゲノムを、個体の選別を通して選択する過程だ。このとき変異は全てランダムに起こる。従ってランダムとは言えない意図された変異と、自然選択とは異なる過程で選択した個体を自然界に持ち込むこと自体の問題についての議論が必要になる。すなわち、自然と人間という永遠の問題を議論することになる。これはクリスパーに限らず、遺伝子組み換え食物も含めて議論することが必要だ。テクニカルには、自然ではない個体をどう封じ込めるかが議論されるべきだろう。クリスパーを機会に、わが国でも議論を始める時が来たと思う。

  1. 山形方人 より:

    この研究には注目しておりますが、AAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターで、アデノウイルスベクターではありません。

    確かに、Directed Evolutionなど合成生物学を使った遺伝子組み換え個体の封じ込めは広く議論されるべきであるというご見解には賛同します。

    1. nishikawa より:

      よく間違います。ありがとうございました。

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