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8月25日:原因なのか結果なのか?(8月7日号Science掲載論文)

2015年8月25日
ちょうど1年前、ALS患者さんへの連帯を訴え、寄付を集める目的で氷の入ったバケツの水をかぶる映像がユーチューブやフェースブックを駆け巡った。なんと2億2千万ドル以上の寄付が集まったそうだが、素晴らしい着想の運動だと思う。こうして集められた寄付金はすでに様々な研究室に配られたようだが、助成を受けたグループの一つ、ジョンホプキンス大学から最近Scienceに掲載された論文が氷バケツ運動の成果を示す例として、ワシントンポストに取り上げられた。AASJでの活動を一緒に行っている藤本さんから、ワシントンポストの記事が送られてきて、この論文を紹介して欲しいとリクエストがあったので、急遽取り上げることにした。論文のタイトルは「TDP-43 repression of nonconserved cryptic exons is compromised in ALS-FTD(ALSと前頭側頭型認知症ではTDP-43の隠れたエクソンを抑制する機能が障害されている)」だ。私もよく知らなかったが、TDP-43分子の折りたたみがうまくいかず、細胞質で重合沈殿する状態がALSや前頭側頭認知症に特徴的な分子病変として最近注目されてきたようだ。実にALSの97%にこの病理が見つかり、TDP-43タンパク症と名付けられている。これまでの研究でTDP-43が転写されたばかりのRNAを切り張りするスプライシングに関わることがわかっていたが、この研究ではTDP-43をノックアウトしたES細胞で発現しているRNA配列を調べ、この分子がないとどんなスプライシング異常が起こるのか調べている。その結果、様々なRNAに余分な配列が挿入されていることが分かった。その原因を調べると、スプライシング機構が正しいエクソンだけ選んで、エクソンとまぎらわしい配列を持つ領域を選ばないよう抑えるのがTDP-43の役割であることを突き止めた。すなわち、TDP-43の機能が失われると異常なスプライシングが増え、結果正常なタンパクができないため、細胞が死ぬことがわかった。そこで、同じような機能を持つ遺伝子を人工的に作成し、それをノックアウト細胞に導入すると、細胞死を防げることから、スプライシング異常が細胞死の原因であることを証明している。最後に、亡くなったALS患者さんの脳組織で発現しているRNAを調べ、患者さんでも同じスプライシング異常が起こっていることを確かめている。これらの結果から、ALS患者さんではなんらかのきっかけでTDP-43タンパクの折りたたみがうまくいかず、細胞質に沈殿する。これまでタンパクの沈殿自体が細胞死の原因としてきたが、TDP-43場合沈殿すると核内への移行が起こらずスプライシング異常が起こって、細胞の死因になっているという結論だ。ではこの研究でどれだけ喜べばいいのかだが、私はあまり喜べないと思う。この分子の機能を特定し、核内移行が阻害されることで細胞が死ぬという発見は重要だ。しかし、TDP-43タンパクの折りたたみ異常が起こる原因が特定されていない。また、実際にTDP-43が沈殿した神経細胞の細胞死を防げるかもわからない。おそらく、ALSを発症するモデル系の神経細胞に、この研究で使ったレスキュー遺伝子を導入して、ALSの進行を止めるという実験が重要で、時間さえかければそこまで十分できたはずだ。このことがわかって初めて患者さんも少しは微笑むことができるだろう。それでも、全身の神経に遺伝子を導入して病気を止めることはまだ現実的ではない。やはり進展とともに、問題点も合わせて正直に示すことが重要だと感じる。おそらく氷バケツ一周年ということで、ワシントンポストもなんとかいい話を伝えたかったのだろう。残念ながら今度は私がワシントンポストの記事に氷水をかけることになってしまった。

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