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9月12日:iPSを用いてヒトとサルの顔の違いを探る(9月24日号Cell掲載論文)

2015年9月12日
山中さんがヒトiPSの論文を出した次の年、2008年に私はNature Review Molecular Cell Biologyの編集者に頼まれ、米国にある若年性糖尿病財団の職員と一緒に「The promise of human induced pluripotent stem cells for research and therapy(ヒトiPSが約束する研究と治療の可能性)」というタイトルの原稿を執筆した。その時iPSが約束する分野として、現在日本でも重点が置かれている再生医療、病気のメカニズム、創薬に加えて、人間の発生学を挙げておいた。発生学を挙げたのはiPS技術が発生学を始め他の分野の研究者の想像力をかきたて、私たちには思いつかない若々しい研究が生まれることを期待したからだ。山中さんが大事だと言うからそれだけが重点化されるようでは、研究者の多様性を狭めるだけで未来はない。技術が自発的に新しい層を巻き込めるよう考えることが助成にとって最も重要だと考え、患者さんの団体と共同で執筆した論文の中に、あえて発生学を加えておいた。そのつもりでJSTのさきがけの総括も引き受けた。しかし今日紹介するスタンフォード大学からの論文のようなダイナミックな研究が行われる兆しは我が国には生まれていないのではと思う(もし間違いなら是非連絡してほしい)。タイトルは「Enhancer divergence and cis-regulatory evolution in human and chimp neural crest (ヒトとチンパンジーの神経堤細胞で働くエンハンサーの多様化とシス調節の進化)」だ。 この研究の目的はサルの顔とヒトの顔の違いをゲノムから明らかにすることだ。そしてその延長として、一人一人顔のかたちが違うゲノムの背景について明らかにすることだ。発生学で言えば、最も難しい小さな差を相手にしようとしている。さらに、これまでタブーとされている顔をデザインできるかという問題にも踏み込んでいる。最初から読者を引き込み、ドキドキさせる論文だ。この手始めに、ヒトとチンパンジーからiPSを作成し、そこから次に顔の骨や筋肉に分化する神経堤細胞を試験管内で誘導している。iPSが約束した最も重要なことは、同じ種類の細胞を大量に調整できることだ。このおかげで、十分な細胞数がないとできない全ゲノムレベルのエピジェネティックスが可能になる。この研究ではチンパンジーとヒトの神経堤細胞で働いているエンハンサーを、ヒストンの修飾を指標にリストし、その中からヒトとチンパンジーに差が見られる部分を選んで、様々な解析を行っている。まさにiPSが可能にする研究だ。膨大なデータなので詳細は全て省くが、久々に興奮して読んだ。例えばサルとヒトで違いのあるエンハンサー部分をマウスに導入して発現を比べると確かに大きな差があること、また違いが生まれる原因の多くはL1トランスポゾンが関わっていること、さらには特に両方の種で大きな差が生まれるcoordinatorと呼ぶ領域があり、レトロトランスポゾンの挿入で進化的にも新しい顔の形の違いを決める違いが特定できそうなこと、そして人型のcoordinatorはデニソーバ人やネアンデルタール人も持っていることなどは特に面白かった。もちろんこの結果から形の予想ができるわけではないが、発生学や人類学で最も重要な問題の糸口を示したという点では画期的ではないかと思う。さらに、人間の間に見られる多様性もこの方法で明らかになりつつあり、その中には顔の奇形やあるいは造作と関連するSNPがオーバーラップしていることが示されている。この点でも、将来人間の顔の違いをゲノムから想像するための重要な一歩になるだろう。今や何万人もの全ゲノム解析が進みつつあり、顔写真も手に入るだろう。さらに、iPSの作成を行いエンハンサーの変異を調べることもできるだろう。犯罪に残されたゲノムから、顔のモンタージュを作るのも絵空事ではなくなりそうだ。もう少し詳しく説明する機会を設けたいと思う論文だった。著者を見ても、発生学者、遺伝学者、人類学者、そして幹細胞研究者が名を連ねており、iPSを軸に様々な分野が集まっているのがわかる。この研究ダイナミズムがなぜ我が国で生まれないのか?ドキドキして論文を読んだ後は落ち込んでしまった。

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