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11月29日:着眼点の勝利:Wntによる副睾丸での精子成熟(11月19日Cell掲載論文)

2015年11月29日
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  一般の人はWntと聞いてもなんのことかよくわからないだろうが、Wntを理解しない発生学者・幹細胞生物学者・ガン研究者はもぐりと言ってもいいぐらい、ほとんどの細胞系列の正常・異常発生に関わっている。Wntによって刺激されるシグナル経路に関わる分子も詳しく研究されており、下流のリン酸化酵素GSK-3を抑制することがシグナル伝達の鍵になっていることがわかっている。残っていた一つの謎が、これまで主に研究されてきたGSK-3によりリン酸化され分解されるβカテニン以外に、Wntの下流のシグナル分子がないかどうかだ。例えばマウスのES細胞やiPSを最も確実に培養するにはGSK-3阻害剤を用いるが、この時βカテニンがノックアウトされている細胞を用いても同じ効果がみられる。したがって、必ずβカテニン以外のWnt下流で働く分子があるはずだと考えられてきた。しかしほとんどの細胞はβカテニンなしに生存できず、またβカテニンの作用は広範に及ぶため、これ以外のシグナル経路を特定するのは至難の技だった。今日紹介するドイツ・ガン研究所からの論文は副睾丸に移動してきた核内での転写が全く必要のない精子を用いることで、βカテニンの関与を完全に排除してWnt/GSK3の作用を調べることができることを着想した頭のキレをうかがわせる研究で、11月19日号Cellに掲載された。タイトルは「Post-transcriptional Wnt signaling governs epididymal sperm maturation (Wntシグナルは副睾丸での精子の成熟に関わる転写後の過程を制御している)」だ。しかし、染色体が凝縮して転写がほぼ停止している精子だけで働いているCCNY1分子ノックアウトマウスを使えば長年の謎が解けると着想した頭の切れる研究者は誰かと思って著者欄を見ると、Christof Niehrsさんだ。彼がいかに頭の切れる研究者かということは、彼の同門で亡くなった、やはり頭の切れる笹井さんからなんども聞かされていたが、この研究はこの評判に新しいエピソードを加えることだろう。   前置きが長くなったが、精子のWntシグナル活性化に関わるCCNY1分子をノックアウトしたマウスを用いてWntの作用を特定したのがこの研究だ。詳細を全て省いて結論だけをまとめると、1)転写活性のほとんどない精子でもWntシグナルがβカテニンを介さず多様な作用を持つことが初めて明らかになった、2)精子でWntが働かないと、GSK3はβカテニン以外にも多くのタンパク質をリン酸化し分解している、3)WntシグナルはGSK3によるseptinn4分子リン酸化を抑制して安定な重合体の形成に関わり、これにより精子の尻尾に一種の壁ができて分子の局在を調節する、4)Wntシグナルは脱リン酸化酵素PP1を阻害することで、それまでPP1により止められていた精子の動きを誘導する、5)副睾丸でWntシグナルはエクソゾームと呼ばれる小胞を介して精子を刺激する、という盛りだくさんの結果だ。専門外の人にはWntがGSK3を阻害して働くなど、少しわかりにくいところはあると思うが、この分野の知識を持つ研究者や学生にとっては、様々なモヤが晴れる研究だった。しかし、Wntとはまず関係がなさそうに見えた成熟精子を使うと着想した頭のキレがこの研究の全てだと思う。楽しい論文だとおもう。

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