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12月19日Nature編集者が推薦する今年の論文(Nature 528, 490, 2015)

2015年12月19日
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毎年年末になると様々な雑誌で今年の顔が紹介され、Natureの選んだ今年の10人について日本のメディアやソーシャルネットが紹介するのが恒例になっている。ただ、ほとんどが真面目に一人ずつ解説するということがない。自分の注目する研究が選ばれたかどうかだけが記事の内容では、まともな科学ジャーナリズムは生まれない。全体を理解する努力をした上で、個別を考えることが重要だ。かく言う私も、10人全員について書くのは大変なので、Natureの編集者の選んだ今年の論文を紹介してみよう。
1) 「局所的実在性法則の否定」: ベルの不等式の否定、あるいはいわゆる量子エンタングルメントの完全証明実験が今年初めて行われたようだ。物理の話をしっかり読むことはないが、それでも全く離れたところで起こる量子現象が絡み合っているという量子力学の予測は、観測問題とともに面白い。もちろんここで私がキーボードを打っている因果性が、他のコンピュータを動かすといった、巨視的世界のSF的因果性ではないが、この現象は17世紀に始まる近代科学とは何かを一般の方に伝える時よく引き合いに出している。これまで、素人の私ですらエンタングルメントを証明したという論文が出ているのを何度か目にしてきたが、今回はこれまでの実験の問題を全て解決できているようだ。
2) 「月の軌道の形成」:  月は、地球から飛び散った破片が徐々に集まって形成されたとされている。この時に生まれたと考えられる月の軌道は、力学的に地球の赤道面に近いと予想できるが、現在の軌道は傾いている。この原因をコンピュータを用いて推定したのがこの研究で、地球全重量の1%程度の融合しなかった大きな破片の力が加わって月の軌道の傾きが生まれたと結論している。新しく示された可能性は、金やプラチナなどの地球の分布を説明できるようだが、このおかげで毎月皆既日食が見られないことが私には重要だ。
3) 「幹細胞での非対称的ミトコンドリア分配」:  幹細胞を描く時、自己再生する細胞と、分化する細胞が一つの幹細胞から発生する、不等分裂を描くのが普通だ。様々な幹細胞システムでこのプロセスはよく研究されており、例えば11月25日にも、筋ジストロフィーの原因分子ジストロフィンが筋肉幹細胞の不等分裂をガイドしているという研究を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/4448)。ここで選ばれた論文は、ミトコンドリアの分配も非対称的に行われることを示した研究で、新しくできた方のミトコンドリアが幹細胞側に選択的に分配される結果だ。元幹細胞研究者としてこの論文を見落としていたのはちょっと反省する。
4) 「細胞系譜の新しい特定法」:  単一細胞レベルで遺伝子発現やエピゲノムを調べ、細胞分化の系譜を追跡することが盛んに行われている。通常、発現している遺伝子の種類からクラスター解析を行い、その細胞の系譜を特定するのだが、これまでの情報処理方法ではうまくいかないことが多い。これを解決するため、推計学的に極端に発現が高い遺伝子を特定して系譜を推定するRaceIDと名付けられたソフトの開発が今年の論文として取り上げられている。腸上皮幹細胞システムにこれまで知られていなかった新しい細胞が、このソフトで特定できることは、今後細胞系譜研究の有力な武器になりそうだ。
5) 「使う事のできない化石燃料」:  COP21では意欲的目標が設定されたが、この温暖化政策によって使用を制限されるべき化石燃料の分布を発表されているビッグデータを用いて計算し、排出権の売買が政策の重要課題になることを示している。この研究は、現在低調になっている排出権市場を活性化するカンフル剤になるのだろうか?
6) 「マラリア対策の評価」:  今年のノーベル賞は中国Tuさんの抗マラリア薬開発に与えられたが、完全に撲滅できているわけではない。取り上げられた論文は、21世紀に入ってからマラリア対策として有効だった様々な要因を計算している。結果だが、蚊帳の普及が一番大きな効果を発揮していることを示している。その上で、マラリアで死亡する子供を完全になくすには、効果のあるワクチンの開発が必須であと結論している。
7) 「ハルシゲニアの形態解明」:  カンブリア大爆発で生まれた動物の多様性ほど私たちを魅了するものはない。化石に触れられるわけではないのにこの魅力に惹かれて、私は一昨年にカナダバージェス山ま出かけ、山に向かうだけで大変感動した。実際に化石を探している研究者はもっと大きな感激を味わっているはずだ。この幸運に恵まれたグループが、最も奇怪なカンブリア生物ハルシゲニアの完全な化石を発見し、長い頭と2つの目を持つことを明らかにし、他のカンブリア生物との系統を明らかにした。ただ、想像図に色まで付いているその根拠も知りたかった。
8) 「新しい錠剤生産法」:  考えたことがなかったが、正確な量の薬を錠剤にする際、薬ごとに様々な条件検討が必要なようだ。特に大気に含まれる蒸気、酸素、炭酸ガスと反応する薬剤の錠剤やカプセル製作は難問だったようだ。これをパラフィンワックスカプセルという当たり前とも思える方法を用いて解決した論文が選ばれている。何か狐につままれたような話だ。
以上がNature編集者の選択だ。ビッグデータを扱う研究が増え、コンピュータを用いた計算機科学がますます重要になっているのがわかる。また、Natureの編集者も、南北格差、温暖化などの社会問題を重視しているのもうかがえる。私にとっては、物理の論文は別にして、幹細胞の重要な研究を見落としていたのは悔やまれる。何が一番面白かったか。よその庭は綺麗に見える。なんといってもエンタングルメントだ。光子を出すダイヤモンド格子をイギリスで、乱数生成装置はスペインで別に作って、オランダで実験しないと証明できないことがある。それを私たちは科学的事実と認める。来年はこの話を様々な機会に使ってみたい。

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