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12月28日:症例から学ぶ(12月23日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2015年12月28日
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これまで、多くの医学の発見は、個別の症例を丹念に調べることから始まっている。すなわち、個別のケースからスタートし、そこで得られた知見を他の症例にも当てはまるよう一般化して、疾患概念や治療法の開発を進めてきた。この伝統は統計的手法が重視される現代でも、学会や雑誌に必ず症例報告が取り上げられることからもわかる。今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文は、一人のALK遺伝子の転座が引き金になって起こった非小細胞性肺ガン患者さんの症例報告で12月23日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Resensitization to crizotinib by the lorlatinib ALK resistance mutation L1198F(Lorlabinib抵抗性に関わるL1198F変異はCrizotinibへの感受性の再獲得につながる)」だ。   完全な症例報告論文で、現東大の間野さんたちが発見したALK遺伝子の転座により増殖する非小細胞性肺ガン患者さんの4年にわたる壮絶な記録だ。52歳女性で、遺伝子診断に基づいてALKのキナーゼ活性を抑制するCrizotinib投与を受ける。このガンに対するcrizotinibの効果は絶大で、ガンはほぼ完全に縮小する。ただ細菌と抗生物質の関係に似て、治療を続けるうちにcrizotinib耐性のガンが必ず現れ、病気が再発する。この患者さんでは18ヶ月目に再発が見つかり、バイオプシーで得た組織の遺伝子診断から、ALKの突然変異C1156Yが特定される。最近では、新たな突然変異に対する第2世代、第3世代の標的薬が開発されており、この患者さんも第二世代のcertinib投与や、一般抗生剤の治療を受けたが効果はあまり見られず、最後に第3世代の薬剤Lorlatinibを試したところ、今度は効果が見られ、全身に転移したガンは縮小する。しかしこの効果も5ヶ月で、万事休すかと思われたが、バイオプシーした組織の遺伝子検査から、さらに新しいL1198F突然変異がそれまでのC1156Y変異に加わっていることがわかった。構造解析などから、この新しい変異の結果、ALKはLorlatinib抵抗性を獲得するが、その結果最初に使って耐性になったCrizotinibに対する感受性が新しく獲得された可能性が示唆された。そこで、もう一度最初のCrizotinibを使ったところ約6ヶ月間腫瘍が縮小したという結果だ。残念ながら、またCrizotinibに対する耐性ガンが発生してきたようだが、驚くことに新しいガンではL1198F突然変異が消失しているが、これにまたLorlatinibが効くか調べられるだろう。   全て一例報告だがいくつか重要なことがわかる。まずこのガンは耐性を獲得するのも早いが、耐性獲得にはALK 遺伝子の構造変化が関与しており、他のガン遺伝子が新たに変異することはあまりない。すなわち、この分子だけを標的として考えればいい。もともと、分子の機能を保ったまま耐性が獲得できる構造上の条件は限られているため、遺伝子検査を適切に行えば、ALKの活性を阻害する幾つかの薬剤を交互に使うことで、長期間の生存が可能になるかもしれないという結果だ。   もちろんこの観察が一般化されるためには、さらに多くの患者さんでの経験が必要になるが、症例報告がいかに大事かを知ることができる論文だった。

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