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1月1日:2016年に考える科学倫理問題(John J Reilly Centerアンケート調査)

2016年1月1日
J Reillyセンターは、米国のカソリック系大学の一つノートルダム大学にJohn J Reillyの遺志により寄付された研究センターで、科学技術の倫理問題を含む社会への影響について研究することで、科学に市民の目を向け、科学技術政策に提言を行うため活動している。  昨年暮れホームページに、2016年に議論されると考える科学技術の倫理問題をリストし、どの問題が重要と思うのかをウェッブ上で調査を行っている。元旦ということで、論文紹介ではなく、ここでリストされた倫理問題について紹介することにした。ウェッブサイト(http://reillytop10.com/2015/12/06/161/)に入ってリストされた問題にクリックを入れることで、皆さんも投票に参加できる。このリストの順にそれぞれの問題を解説しておこう。
1) Hello Barbie : 昨年11月にマテル社から発売されたアメリカ版キティーちゃん人形だが、ウェッブに接続可能で、持ち主の声を記録してパターン解析を行い、相手に合わせた会話が楽しめるように発達する能力を備えている。即ち人工知能(AI)の応用だ。ただ、話しかけた時に適切に応えるようになるためにはAI機能をオンにする必要があり、それによって子供の声が全てマテル社のコンピュータに記録されることになる。このプライバシー問題以外にも、最も自分を理解してくれる人工知能ロボットが生まれると、子供が人間を回避するようになるのではないかという懸念もある。昨年ロボットや人工知能に湧いた我が国でも真剣に議論すべき問題だ。
2) Exoskeltons for the elderly: 身体に装着して歩行や作業の支援を行うロボットが実用化されている。我が国ではサイバーダイン社のHALがその代表で、この調査でも名前が挙げられている。これによって、筋肉の低下した高齢者が若者と同じように働けると思うと、一億総活躍のためには欠かせないように思える。しかしこの調査では、引退年齢が伸びることは良いことだろうかと疑問を投げかけている。例えば、このような引退年齢を伸ばすための技術開発が、ますます若者の就職難を招き、その結果さらに少子化を進めないだろうか。
3) Digital labor right:わかり易い例が、タクシードライバーサービスだ。ウェッブサイトを通して顧客に様々な労働や便宜を提供するサービスで、働く側としては会社に縛られず働ける自由度が、顧客側では易い価格が魅力で、米国ではアマゾン、AirBnbやUberなど多くの両者をとり持つサイトが存在する。確かに働く側の自由度、安い価格など一見合理的な形に見えるが、産業革命以来蓄積されてきた会社と労働者の関係を壊し、顧客との間に生じる様々な問題の責任の所在を曖昧にする可能性がある。例えば、働く自由度は、逆に週80時間働く自由も意味する。せっかく長い年月で獲得された労働時間についての権利をないがしろにしていいのか議論が必要になる。他にも、デスクワークもインターネットを通して、賃金の安い外国へ移り始めているのは、我が国も同じだ。
4) Artificial Womb: 人工子宮が2016年の倫理問題になるかどうか、私は疑問を感じるが、男女平等の究極の形を代表する技術が人工子宮だろう。人工授精で作成した胚を、完全に成長をモニターできる人工子宮で育てることができれば、母親は妊娠期間の危険や制限から完全に解放されるし、子供の成長も安心だ。会社にとっても、産休の必要がなくなる。育児休暇は男女平等に取ることができる。何十年後かに可能になるとしたら、議論を始めてもいいという考えだろう。ただ、この問題は逆に自然の与えた女性の権利を侵害することにならないか、同性婚(男性同士)の子供をどう考えるか、など全く新しい問題を孕んでおり、確かに今から議論を進めても遅くはないかもしれない。
5) CRISPR/Cas9:このホームページの読者には説明の必要はないだろう。38億年の進化過程で変異と選択を通して形成してきた私たちのゲノムを、思い通りに変化させられる技術が開発された。現在問題が残っているにせよ、全て解決可能な問題だ。これまで何回か会議が持たれ、生殖細胞のゲノム編集はモラトリアムを設定して、当面は体細胞の遺伝子編集による遺伝子治療などに利用を限ることで合意している。しかし、心理学者・歴史家のスティーブン・ピンカーなどはこのモラトリアムが、解決可能な人間の苦悩を放置する間違った選択だと批判している。科学者に任せず、市民も今議論を始めるべきだろう。
6) Rapid whole-genome sequencing:高速ゲノム解析は今年さらに加速する。おそらく一般市民への全ゲノム配列解析サービスが今年10万円近くになるだろう。そしてこの価格はさらに低下する。一方、アカデミアではゆりかごから墓場まで個人を追跡するコホート研究が盛んに行われ、新生児の全ゲノム配列を決定するプロジェクトも多い。確かにこれまでの研究でも、全ゲノム配列決定により、これまで診断のつかなかった遺伝的疾患の2−3割が診断可能になることが示され、医学側から見ると研究が大きく進展することは間違いがない。しかし、自分の子供がいつか不治の病いにかかることを知らされた両親はどうすればいいのか。子供に告げるべきか、いつ告げるべきかなど、答を出すのが難しい問題が手付かずで残っている。また、この問題は当然遺伝子編集でゲノムを変化させた胚を作っていいのかという問題とも関わる。両方合わせて市民レベルの議論が必要なときがきた。
7) Lethal cyber weapon:昨年アメリカの企業が「致死的サイバー・ウェポン」開発プロジェクトの契約を結んだようだ。この致死的サイバーウェポンは、ウェッブに結合された社会インフラを破壊するためのソフトウェアを指す。例えば、敵国の原子力発電所に侵入してメルトダウンを起こしたり、信号システムに介入して交通を混乱させるソフトだ。おそらく映画ではもうおなじみのソフトだ。もちろん軍事利用で、敵国のみを対象とする研究のようだが、市民の無差別殺傷につながる技術として、アメリカは使っていいのかどうか議論を進めるべきだと呼びかけている。先端技術を武器に使うという意味では、毒ガス、原爆と同じだが、この武器の有効性が、私たち自身が営々と築き上げてきたサイバーネットワークの有効性にかかっているのは皮肉だ。
8) Disappearing drones:昨年は我が国のドローン元年とも言われたが、アメリカで仕事を終えると自らを破壊する回路を組み込んだドローンの開発が進んでいるようだ。これはミッションを終えたドローンの技術が敵の手に落ちることを防ぐための開発で、特に新しい倫理問題はないように思える。しかし、いったん政府がこのテクノロジーを獲得すると、国内での違法活動に利用する危険性がある。すなわち、政府だけでなくこのドローンにより、証拠を残さず違法行為を行うことが可能になる。政府批判が自壊型ドローンによる暗殺につながる世の中だけにはしたくない。
9) Head transplantation:昨年イタリア・トリノのCanevero医師が、2017年に頭部を脳死者の体幹部に移植する手術を行うと発表したことは我が国のマスメディアでも報道された。多くの専門家は、これが困難な手術で、患者の命の保証が全くないと中止を働きかけている。しかしもし安全な技術になったとしても、許される治療かどうか議論が必要だと呼び掛けている。私自身は、おそらく脳が私たち自身のアイデンティティーの多くを決めていると思っており、術中に体と脳を維持する技術が進歩すれば、一つの治療として許してもいいと思っている。ただ、この技術にはデカルト以来の2元論の問題、すなわち心と体の分離の問題が潜んでいる。できるなら実施は、主観と客観、心と体の2元論を克服する糸口を見つけるまで待ってもいいのではないだろうか。
10) Bone conduction for marketing:昨年「語りかける窓」と呼ばれる骨伝導を用いた宣伝手法が開発された。電車通勤中に窓ガラスに頭をつけると、窓の振動を通してその人だけに情報やコマーシャルを届ける技術だ。骨伝導を進化させ、ウエアラブルデバイスをつけている人の体の動きに合わせて特定の情報を送るシステムが開発されている。すなわち望む人だけに情報を送る仕組みだ。実際グーグルグラスを始め、多くのウェアラブルデバイスにこのようなシステムが搭載されている。このような介入をどこまで許すのか議論が必要だ。私自身、音や映像のあふれる街に生活して、これが重要な問題になるとは思えなかったが、情報手段が独占される危惧はある。

元旦の挨拶として、Reillyセンターの投票アンケートを紹介したが、是非皆さんもサイトに入って投票してみてください。しかし考えてみればどれ一つ重要でない問題はない。それほど、私たちの生活が科学技術に依存しており、その一方で科学技術の進展が一般市民とは全く別のところで進んでいる状況を反映している。しかしよく問題を見てみると、ダーウィン進化問題、デカルトの2元論問題、ガリレイの科学の独立性の問題など、これまでの科学技術が残してきた課題の再検討が求められているような気がする。この認識から、今年は講義や講演のタイトルは「21世紀の生物学:デカルトとダーウィンの残した課題」に決めている。乞うご期待。

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