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1月12日:古寄生虫学(Parasitologyオンライン版掲載総説)

2016年1月12日
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歴史を病気の観点から眺めることで、新しい解釈が可能になる。この点では清潔好きで有名なローマ帝国は、その優れた公衆衛生政策で世界制覇を成し遂げたと考えられている。例えば、安全な飲み水を確保するための水道、床暖房、浴場、下水道、そして水洗便所などがローマ帝国拡大とともに各都市に広がったとすると、十分うなずける。私が無知だからかもしれないが、確かにローマ帝国の疫病の話はあまり聞いたことがない。今日紹介するケンブリッジ大学の考古学者ミッチェルさんの総説は、疫病ではなく、寄生虫の話で、ローマの衛生施設は人々を寄生虫から守っていたかどうかを考察している。タイトルは「Human parasites in the Roman World: health consequences of conquering an empire (ローマ世界の寄生虫感染:帝国に広がる寄生虫の健康被害)」だ。タイトルからも分かる通り、ローマ帝国も寄生虫には手こずっていたことを考証した、楽しめる総説だ。   まず古代の寄生虫の広がりをどう調べるのか詳しく述べている。細菌とちがって、まず寄生虫の場合卵、場合によっては寄生虫自体も残っている。これからゲノムを調べて種を同定することも行われているようだ。詳細は省くが、要するに最新のテクノロジーを使ってどの寄生虫が存在したかの研究が行われている。驚くことに、安定なたんぱく質を使ったELISA法まで動員されている。考古学が考えているだけの学問でないことがよくわかった。   次に、ローマ帝国以前とローマ帝国を比べ、寄生虫感染が減少したかどうかを検証している。驚くのは新石器時代ぐらいまでだとヒトに感染した寄生虫が発見されていることだ。論文リストも添えられているが、実際多くの論文が書かれている。問題の結論だが、遺物にみられる寄生虫の広がりから考えると、ローマ帝国に入って間違いなく寄生虫感染は増えている。   もちろん不潔な暗黒の中世と比べると、同じ都市でもローマの方がずっとましだ。従って、全く衛生施設が役に立たないというわけではないが、しかし現代並みの施設でなぜ寄生虫が増えたのかは確かに面白い課題だ。   ではローマではどのような寄生虫が存在したのか。結論としては、ジストマを除くほとんどの寄生虫、回虫、条虫、鞭虫、蟯虫、吸虫とほとんどが発見されている。さらに、ノミやシラミも退治できていなかったようだ。例えば片方の歯が密になっているクシはシラミを取るため考案されたようだ。   最後に、なぜローマの衛生施設は寄生虫に無力だったのか考察している。まず、水洗便所の汚物も集められ、一部は発酵させずに肥料に利用されていたようだ。そのため、経口感染する回虫などの感染を防ぐことは難しかったようだ。面白いのはローマ人には魚を食べて感染する裂頭条虫が広く蔓延していた。生の魚を食べる習慣が原因とも考えられるが、ローマ人が愛した魚醤が原因ではないかと考察している。実際我が家にもコラトゥーラが一本あるが、これが原因とは恐ろしい。他にもミイラに発見された本来は動物に感染する吸虫の話など面白い話が満載だが、寄生虫を追求することでペットとの関係まで理解できるのは素晴らしい。   最後にサナダ虫の話も出てくる。ただ、ローマ人はサナダ虫は自然に体の中で湧いてくるとして(と、ガレヌスが書いているようだ)気にしていなかったらしい。確かに、腸の中で自然発生すると考えれば、防ぎようがないと諦められる。そして、医学自体もヒポクラテスの体液説に基づく治療が中心だったようで、漢方で使われた海人藻やマクニンのような海藻由来の薬物はなかったようで、寄生虫には太刀打ちできそうもない。しかし、余談になるが、海人藻やマクニンは私の小学時代は学校で飲まされた。その後回虫などが無くなったのは水洗便所かと思っていたが、水洗のローマで蔓延していたのなら、結局は農業に人工肥料しか使わなくなったためだろう。  歴史読み物としても面白いが、実際には今の疾病構造を考える意味でも重要なヒントがあると思う。

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