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1月28日 大腸癌の予後を予測するバイオマーカー(1月21日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2016年1月28日
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   リンパ節の転移は見られるが、他の臓器に転移が見られないステージIIIの大腸癌は、手術と化学療法を組み合わせた治療の開発で、治療成績が大きく改善したガンだ。それでも、まだ5年生存率が6−7割と、患者さんから見たら、まだまだ安心できないだろう。治療成績を改善する一つの方法は、これまでステージIIIのガンとひとくくりにしていた大腸癌を更に細かく分類し、治りにくいガンを早く見出して、これまでとは異なる治療方法を開発することになる。このガンを分類するためのバイオマーカーを見つけようと多くの研究者がしのぎをけずっているが、今日紹介するコロンビア大学を中心に多くの施設が集まって発表した論文はこの研究方向を代表しており、1月21日号のThe New England Journal of Medicineに発表された。タイトルは「CDX2 as a prognostic biomarker in stage II and stage III colon cancer (CDX2はステージII&IIIの大腸癌の予後推定のバイオマーカーになる)」だ。
  この研究も、遺伝子発現を含む様々な癌細胞の情報が揃ったデータベースを駆使して研究を行っており、原則的に自分で患者さんのサンプルを調べることは行っていない。まずこれまで予後を推定するバイオマーカーとして知られているALCAMの発現と相関し、更に感度よく癌細胞を分類できる分子を探索し、CDX2を見出している。内胚葉の発生学から見ると、CDX2はマスター中のマスター遺伝子で、内胚葉性を決めている転写因子だ。従って、この分子の発現が低いということは、内胚葉性が失われたガンということになる。あとは、この遺伝子の発現量を正確に追えるデータベースを駆使して、この分子が大腸癌の予後と相関するか調べている。詳細は省いて結論を述べると、ステージII&IIIを選んで調べると、CDX2を発現しているガンの5年時点での再発率は約2割に対して、CDX2が発現していないと40%に上昇する。次に組織が揃っているガンを取り出してCDX2分子の発現を免疫染色で調べても、発現があると約8割が再発なしに5年を過ごせるのに、陰性だと5割程度になる。もちろん生存率で見ても結果は同じだ。最後に、化学療法との併用の効果について調べているが、CDX2陽性のガンの場合化学療法を組み合わせる効果は少ないが、陰性のガンでは組み合わせた方が5年目の再発率が1割程度なのに、手術だけだと5割が再発するという結果だ。要するにCDX2陰性だと転移している可能性が高い。CDX2が内胚葉性のマスター遺伝子だと考えると納得の結果だ。  
   CDX2陰性のガンは、同じステージのガン全体の5−10%程度で、それほど多くはない。しかし、化学療法の効果がこれほど明らかなら、今後この群だけを取り出した研究から、新しい治療法が生まれることが期待できる。次の段階は、なぜCDX2の発現が低下するのか、今度はゲノムやエピゲノムも組み合わせた研究が進むと期待される。少ない群でも丹念に対策を見つけていく。結局これが治療成績を改善する近道だと思う。
   この論文を読んで感心するのは、これだけの仕事を支えるデータベースが米国には揃っていることだ。我が国でもビッグデータ、ビッグデータと騒いでいるが、すでにビッグデータが揃って人工知能に取り組む国と比べると、医療分野に限れば我が国は大きく遅れをとっている。この差をどう埋めるのか、まだ納得できる回答は聞けない。当分は他国のデータベースを使わせてもらう寄生虫生活しかないだろう。それでもいいから、データを駆使して問題を見出す優れた研究者が出て欲しい。

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