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2月18日:道徳と宗教(2月18日号Nature掲載論文)

2016年2月18日
17世紀、ローマカソリックが支配していた西欧で近代科学が成立する。このときの立役者はデカルトとガリレオだ。特にデカルトの役割は、「自分で考えろ」と主観主義を解放しただけでなく、心身2元論の名の下に「わからないことは追求しないでいい」と、現象を全て説明しようとして陥ってしまう作り話の横行を排除することに成功した。しかし、こうして生まれた近代科学の因果性からは、アリストテレスの4因では考慮されていた、目的、道徳、善悪といった因果性は全て排除される。そのおかげで、私たちは一般相対性理論に基づく時空の歪みを観測するという、直感とはかけ離れた世界を真実と認める物理学を打ち立てた。しかし、一種の自然目的が生物に存在し、善悪や道徳が人間の行動に因果性を持つことは間違いないなら、その解明は21世紀の科学の課題になる。
   最近ボノボの研究で有名なde Waalさんの「Bonobo and atheist(ボノボと無神論)」を読んだが、道徳の起源を人間以外の動物に探す研究の思想をよく理解することができた。de Waalさんの本は初めて読んだが、新旧の哲学、科学が身となり肉となっているのがよくわかる。
   今日紹介する2月18日号Natureに掲載されたカナダ・ブリティッシュコロンビア大学からの論文は、これとは違って文化人類学的アプローチの研究だが、Natureもこの分野の論文を採択するのかと感慨深く読んだ。タイトルは「Moralistic gods, supernatural punishment and the expansion of human sociality(道徳的神・超自然的罰と人間の社会性の拡大)」だ。
  この研究では、自分が会ったこともない人との信頼や共感が、裁きを行う普遍的な神について持っている概念と相関しているかどうかを調べている。De Waalさんの本でも同じような文化人類学的研究が紹介されていたが、これまでの研究は例えばキリスト教信者とそれ以外と言った一つの宗教への信仰について行われてきた。一方この研究では、キリスト教、仏教、ヒンドゥー教といった外来の普遍的宗教と、アニミズムや先祖崇拝などの土着宗教が並存する社会を対象にしている。実に591人の宗教的心情について民俗学的な詳しいインタビューを行い、普遍的神の概念、神による裁きの可能性、土着神との関係などを数値化している。その上で、自分が得た利益を、見たこともないが同じ神を共有している集団と、自分自身、あるいは自分の地域の人に分配するゲームをさせて、会ったこともない他人への共感度を測定している。このゲーム自体は、この目的で最もよく使われる方法だ。
  さて結果だが、例えば神の裁きを信じていない人は、見たこともない人へお金を配る思いやりを持っていない。あるいは、普遍的神やその裁きの存在を認識していると、見知らぬ人と利益を共有しようとするおもいやりが働くが、土着の神はこの思いやりに影響を持たないという結果だ。他にも、社会全体の道徳性や、財産などとも相関を調べているが、関係はないという結果だ。結論としては、従来の研究と同じで普遍的宗教が、より広い社会への思いやりの源だという結果だが、土着の神との綿密な比較を行った点が新しいのだろう。今後、普遍的神の退行が続くヨーロッパ社会や、例えば我が国のような独特の宗教観が存在する社会での結果との比較、そしてゲーム自体ももっと複雑な状況を用いて行われるよう深化するのだろう。他にも考えればキリがないほど、多くの要素を調べてみたくなる。
  最後に、今日紹介した研究は、de Waalさんたちのボノボを用いた研究の対極にあるように思えるが、それぞれの対象についての現象論を、脳やその病理と関連付けたときおそらく同じ問題として捉えられるようになるのだろう。まだまだヨチヨチ歩きに見えるが、新しい因果性に関する科学として期待したい。

  1. 橋爪良信 より:

    ハンチントンは世界を8つの文明に分け、その境界線上での紛争の激化を指摘した。現代の紛争発生地域を見事に予言したものである。彼の文明の概念は、言語、歴史、宗教、生活習慣、社会制度などから形成されるその地域のアイデンティティーとされており、多因子的に分析すべき問題ではないだろうか?

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