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3月25日:正常と異常の間(3月21日号Nature Genetics掲載論文)

2016年3月25日
   今デカルトの残した課題、すなわち2元論の克服から21世紀の科学の課題を整理してみようとしているが、その準備に、久しぶりにヘーゲルの精神現象論を手にとって読み始めた。まあ、ヘーゲル先生も主観と客観の分離として現れる2元論を克服する糸口を求めていろいろ苦労しているのはわかるが、成果は上がっていないようだ。特に、どうしても精神を後生説的に理解するため、彼の言う身体的自己の多様性が無視されているように感じる。21世紀、この身体的自己を代表してくれるのがゲノムだが、この多様性の認識が21世紀のスタートラインになるだろう。
  今日紹介するハーバード大学からの論文は、おそらくヘーゲル先生も感じていても、思想の軸にはおかなかった身体的自己の多様性と精神の関連を扱った論文で3月21日号Nature Geneticsに掲載されている。タイトルは「Genetic risk for autism spectrum disorders and neuropsychiatric variation in general population (自閉症スペクトラム障害と一般集団の神経精神的多様性の遺伝的リスク)」だ。
   だれにでも、苦手な人やなんとなく付き合いにくい人がいる。自分は正常と主張する立場をとると、そんな人は「ちょっとおかしい」ということになる。実際、小保方事件の当時、「ちょっとおかしい人を採用しないためのアドバイス」までいただいたことがある。しかし現代の成熟社会は、このような状態を後生的には変化できないneurodiversity、すなわち身体的自己の多様性として捉え、その人に最も合った一生を送ってもらう方向に舵が切られているようだ。この一般人の中の多様性を、はっきりと診断された自閉症の遺伝子多型と、性格テストで比べ、ゲノムの多型を反映する精神的性格の多様性と相関させようとしたのがこの研究だ。
  このような研究を可能にするのが、性格とゲノムを調べたコホート研究だが、この研究では1991−1992年に生まれた子供の性格面を追求したコホート研究を用いて、自閉症と確定診断された子供の性格テストと比較している。この結果、自閉症と関連が示されるゲノムの多型は一般人にも分布しており、多型が陽性だと、性格も自閉症型になるという結果が統計的に示されている。もちろん多型を持っていても、一般集団と自閉症集団は性格テストでほぼ完全に分けることができるが、それでも境界領域に分類される子供も多く、そこに自閉症型多型を持つ人たちが存在する。自閉症の原因として注目されている新しく発生した遺伝変異もについても調べ、この変異が一般人集団に分布しており、性格テストの点数と相関していることを示している。すなわち、自閉症から正常まで、切れ目なく多様な個人が分布しているという結果だ。
   要するに、正常と異常の境を引くことはできない。当然といえば当然だが、今後もっと詳しい性格テストがわかることで、自閉症だけでなく、我々が性格と読んでいる精神のあり方も理解できるだろう。ヘーゲルも真っ青だ。多くの人は今後もこの境界領域を「ちょっとおかしい人」として選別しようとするだろうが、私はneurodiversityとして捉え相対論的に考える立場を貫こうと思っている。

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