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5月29日:言語の基盤(Scientific Reports :DOI: 10.1038/srep25887 掲載論文)

2016年5月29日
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   言語の起源については大きく二つの見方が存在する。一つは、言語を可能にした人間特有の脳構造、そしてその背景にある言語特有のゲノム構造、が存在するという考え方だ。この説を証明しようと、ヒトだけに存在する言語遺伝子の探索が行われている。また、人間は生まれついて言語を構成する能力を持っているというチョムスキーの「生成文法」概念も、ヒトだけに言語の脳回路が突然現れたことを前提にした説だと考えられる(私見)。   これに対し、脳回路や遺伝子にまったく新しい何かがつけ加わって言語が生まれたのではなく、多くの動物に備わるコミュニケーションが徐々に進化した結果として言語があるとする見方だ。私なりにこの見方を解釈すると、言語は、一定の行動パターンを特定の意味と対応するシンボルとして共有することに始まるという見方だ。言い換えると、行動パターンが脳内に特定のシンボルを呼び起こすことを可能にする脳回路の開発(生まれてから新たに起こる)が可能な脳構造の進化が言語の始まりになる。その後、人間だけで解剖学的に多様な音韻が可能になり、音が行動に置き換わったことになる
   今日紹介するドイツマックスプランク鳥類学研究所からの論文は後者の可能性を追求した研究でScientific Reportsに掲載されている。大上段に構えた魅力的なタイトルで「Unpeeling of the layers of language: Bonobos and chimpanzees engage in cooperative turn-taking sequences (言語の基盤を求めて:ボノボとチンパンジーは共同的発話のやりとりを行う)」だ。
   研究ではボノボとチンパンジーの集団を、異なる4箇所で観察して、親子が一定のジェスチャーの後、親の背中に子供が乗って移動が起こる状況を捉えて、どのようなコミュニケーションが存在するか調べている。コミュニケーション能力は脳回路に依存するが、これを基盤にシンボル化された行動パターンは各個体が学習する。したがって、特定の最終行動(この研究の場合は親の背中に乗って移動が始まること)がシンボル化されたジェスチャーは、動物種ごとに違うし、またそれぞれの群れで異なっている。それでも同じ最終結果を生み出す行動パターンには共通性が見られるはずだ。この共通の行動パターンを例えば「向き合って見つめ合い、それに答えるように手を伸ばし」と要素分解し、各要素と最終行動との回帰率を計算している。幸い、この論文はオープンアクセスで、行動のビデオも閲覧できる。面倒な話をするより、このビデオを見て貰えば、言葉こそ出ないが、親から、あるいは子供から話が始まり、相手が答え、最終的に子供が背中に乗って移動が始まる様子がよくわかる。このビデオに、自分でセリフをかぶせてみればいい。「他所に行こうよ」「今行くの」「そう今」「わかった行こう」。人間なら言葉で表現するやりとりが、ビデオを見ると確かにジェスチャーで交わされているのがわかる。そしてこのパターンは、ボノボとチンパンジーでかなり違っているだけでなく、住む場所にも影響されたパターンが存在している。また反応速度や対話の成立する距離はボノボの方が人間に近い。    話としてはこれだけで、「結局現象から推論しているだけだ」と厳しい評価もあるかもしれない。しかし、親子という関係で生まれたコニュニケーションに着目した点で説得力のある研究になっている。実は私も、言語起源については著者らと同じ考えを持っており、生成文法派ではない。とはいえ、このような観察研究の次の一手はなにか、この点についても面白い研究を期待して論文を漁っている。

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