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6月18日:Bivalency(6月2日号Cell掲載論文)

2016年6月18日
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    今日紹介するハーバード大学からの論文は現役で研究している生命科学の専門家にとってもなかなか馴染めない話ではないかと思う。当然、私自身の理解も現役時代からスッキリしない。というより、スッキリしたと思っていても、新しい論文が出るとまた理解が曖昧になる。そんな今も概念形成途上にある分野がBivalentヒストン修飾だろう。
   遺伝子発現のエピジェネティック調節を担う2大柱は、DNA自体のメチル化と、DNAが巻きついているヒストンのメチル化、アセチル化による修飾だ。私が現役の頃ゲノム全体に渡ってこの修飾状態を調べる方法が開発され、特にES細胞を用いて研究が進んだ。
    最初のころの単純な理解は、PRC2によりヒストン3の27番目リジン(H3K27)がメチル化されると遺伝子の発現はオフ、COMPAS複合体がH3K4をメチル化するとオンでよかった。ところが、この両方がメチル化されている遺伝子プロモーターがES細胞で多く見つかることが報告され、頭は混乱し始める。
   まあES細胞のように様々な方向へ分化する必要があるとき、多くのオンにしたい遺伝子をとりあえずオフに止めておく場合の調節として私も理解してきたが、ES細胞を2iと呼ばれる無血清培地で飼うとbivalentプロモーターのほとんどのH3K27メチル化が消失するという論文が出ると、またbivalencyについての理解が混乱してしまう。
    Bivalencyとは何か。この論文では、ES細胞ではなく、実際の組織から分離してきた細胞のbivalent修飾を調べ、またH3K27メチル化を行うPRC2コンプレックスの機能を組織特異的にノックアウトしてbivalent修飾の変化と遺伝子発現を調べ、この機能に迫ろうとしている。タイトルは「Acquired tissue-specific promoter bivalency is a basis for PRC2 necessity in adult cells(分化課程で新たに獲得されるプロモーターのbivalencyは大人の細胞でPRC2が必要になる基盤)」で、6月2日号のCellに掲載された。
  この研究ではChip-seqと呼ばれる方法を用いて、主に腸管の幹細胞と分化した絨毛上皮細胞のbivalentプロモーターを網羅的に解析し、それぞれの組織でbivalentプロモーターの分布は異なっており、半分以上のbivalentプロモーターは重複しないことを示している。
  さらに、未分化なES細胞や、腸管上皮細胞の分化課程での比較から、H3K27メチル化は分化の課程で新たに獲得され、これにより遺伝子発現が抑えられることを明らかにした。
  次に、H3K27のメチル化に必須のPRC2の成分Eed遺伝子が幹細胞から増殖期細胞へ分化したときにノックアウトされるマウスを用いて、PRC2の機能がなくなると細胞の増殖が低下、また細胞分化の遅れが出ることを示している。すなわち、分化課程でH3K27メチル化が必要であることを示している。
  最後に、PRC2ノックアウトでどの遺伝子の発現が影響を受けるか調べ、多くの遺伝子でH3K27のメチル化が外れただけでは遺伝子の発現は誘導されないが、H3K4がメチル化されたプロモーターだけでポリメラーゼがプロモーターに結合し、遺伝子発現が上昇することを示している。
   以上の結果をもとに、再度頭を整理すると、bivalencyは分化過程でこれまで発現していた遺伝子にポリメラーゼが結合するのを防いで遺伝子発現を迅速に低下させた状態を見ていることになる。もちろんデータを仔細に見ると、この話に合わない遺伝子も結構存在しているようで、これらがどう調節されているのかがわかると、また異なる整理が必要になるかもしれない。
   若い人たちと話していると、このような複雑な話は避けて通っている気がする。しかし、自分の研究に幅を持たす意味でも、整理が難しい研究分野をしっかりフォローしていってほしいと思う。

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