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8月5日最近の膵臓癌研究:II ゲノム解析

2016年8月5日
   一部の例外を除いて、ガンはゲノムで起こった様々なタイプの変異が積み重なって発生する。また、一つの遺伝子の変異で起こるものではなく、増殖や転移に関わるいくつもの分子の活性化や不活化が積み重なって発生する。
   最初は動物実験モデルで確認されてきた発がんの多段解説は、次世代シークエンサーが導入され、何万人もの人から得られたガンのゲノムの解読を通して、実際のガンで確認されるようになった。膵臓癌でもすでに数百という数のガンのゲノムが解読され、数多くの論文が発表されている。ゲノムを知らずして膵臓癌の理解はない。
次世代シークエンサーが身近になってから、数多くのガンについて、エクソーム(タンパク質に翻訳される全ゲノム部分)、あるいは全ゲノムを解読して、発がんに関わる遺伝子変異を特定しようとした論文が発表された。全ゲノムの核酸配列を何百ものガンで調べるとはなんと大変な実験だと思われることも多いだろう。しかし、次世代シークエンサーは驚くべき威力を発揮し、ガンゲノムの塩基配列を解読するだけなら、正確に安価に出来るようになっている。
   しかし、特定した変異が本当に発がんに関わるのか、あるいは細胞の増殖にはなんの影響もない変異なのか、これを決めるのは簡単ではない。コンピュータで予測するには、まだまだデータが足りないのだ。
   実際ガンによっては、アミノ酸配列の変化につながる突然変異を1万近く持つものもある。その中のどの変異がガンの増殖に関わるのかを特定するのは簡単ではない。せっかくゲノム解析をしたのに、発がん過程について全く想像もつかないという結果に終わることは多い。
   そんな中で膵臓癌は、ほぼ100%のケースで、KRASの突然変異がガンの増殖のアクセルになっている(ガンのドライバー変異と呼ぶ) (Waddell et al, Nature 518:496, 2015, Witkiewica et al, Nat Com, DOI: 10.1038) 。
   ドライバーだけではない。ブレーキ役の遺伝子の変異も膵臓癌では多様性に乏しい。ほぼ50−80%の頻度で、p53、CDKN2A、SMAD4分子の機能喪失変異が認められる。
   例えば同じようにK-RASにドライバー変異が見られる肺腺癌でも、RASの変異は30%程度にとどまっており、CDKN2Aの機能喪失に至っては4%にしかめ認められない。
       ほとんどの膵臓ガンで共通の遺伝子変異は、発がんの最初の段階に必須の変異だろうと考えられる。例えば直腸癌ではAPC遺伝子の欠損が必ず見られる。このことから、正常の膵管細胞からガンができるための最初の段階でKRASの変異が必須の条件であることがわかる。なぜKRAS変異が最初に必要かを明らかにすることは、まだ解明されていない膵臓癌を理解する重要な課題だと思う。
   正常の細胞でKRAS変異が起こると、暴走を止める一種の防御反応として細胞死が起こる。このため、この防御反応をコントロールしているp53とCDKN2Aの欠損がほとんどの膵臓癌で見られるのは理にかなっている。すなわち、KRASの力を引き出せないと膵臓癌にはなれない。こうしてみてくると、膵臓癌が発がんの多段解説のお手本のようなガンであることがわかる。
   逆にもしRASに対する薬剤の開発ができれば、ほとんどの膵臓癌の増殖を止めることが可能であることを示しているが、これがなかなか難しい。薬剤開発については次回に考える。
       ではKRASがドライバーになり、その暴走を止めるための最も信頼できるブレーキ役p53,CDKN2Aが壊れることが膵臓癌をこれほど悪性にしているのだろうか?
   おそらく答えはyes and noだろう。例えば直腸癌や肺がんでも、KRASとp53の組み合わせが見られるケースは多い。ただ、先にも述べたがCDKN2Aも組み合わさるケースは稀で、この教科書的組み合わせが実現していることが膵臓癌の恐ろしさの一つの要因であることは間違いない。しかし、同じようにKRASがドライバーになっている他のガンと比べた時、膵管細胞という特殊な環境とKRASの組み合わせが悪性度に果たす貢献も無視できない。RASは細胞の増殖だけではなく、代謝や、外界からの制御に対する抵抗性など多くの変化に関わっている。RASが膵管細胞で何をするのか、より詳しい研究が膵臓癌の恐ろしさを理解し、新しい治療開発の鍵になるように思う。
  膵臓ガンになるための入り口は狭いが、一旦そこを抜けると様々な突然変異が積み重なり始まる。その結果、個々のガンを比べると変異の組み合わせは多様だ。また突然変異だけでなく、欠損や挿入のような大きな変化も見つかり、これらの2次的(?)な変異の組み合わせがガンの個性を作っている。
  このような2次的な変異を考える時、DNA修復に関わる遺伝子、例えばBRCAやRPA1に変異が入ってゲノムの安定性が損なわれると、突然変異の数は急速に増大する。ただ、これは悪いことだけではない。先にあげたWaddell ( Nature 518:496, 2015)らの論文によると、修復メカニズムの異常がおこってゲノムが不安定になった膵臓癌は、シスプラチンを中心にしたプラチナ製剤よる治療によく反応する。ガンのゲノムを知って治療を計画することの重要性がここでも明らかになっている。
       他にも、SMAD4, KDM6A, ARID1A,SMARCA遺伝子の変異も比較的頻度が高い。この中の、染色体構造の調節に関わるKDM6A,ARID1A,SMARCA遺伝子の変異は他のガンでも重要な役割をしているので、今回は省略する。 一方、SMAD4は膵臓癌の間質を考える時に欠かせない変異なので、次回以降にこの変異の意義を考えてみたい。
  少し長くなったが以上を私なりにまとめると、「膵臓癌ゲノムは、KRAS変異がドライバーになり、それを抑えるブレーキであるp53,CDKN2Aの両方が欠損しているという、まさに教科書的な組み合わせが特徴になっている。従って、KRASの抑制こそが治療開発のカギとなる。 またゲノムが不安定になっているガンは、現在使われている薬剤に反応を示すことがわかってきた。従って、発がんの張本人がわかっていても、ゲノムを調べて膵臓癌の治療方針を立てることは重要だ。」となる。   最後に医学会への要望だが、ガンのゲノム検査が我が国でも簡単に受けられる体制を早く整備して欲しいと思う。

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