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11月3日:代謝とエピジェネティックス(Nature オンライン版掲載論文)

2016年11月3日
「記憶は神経細胞分化」と言ったのは、長期記憶の研究でノーベル賞を受賞したエリック・カンデルだが、新しい体験を長期に維持するためには細胞自体が変化する必要のあることを述べた言葉だ。一方、発生学はエピジェネティックスだから、カンデルの言葉を言い換えると、「記憶はエピジェネティックス」ということになる。    実際、神経分野もそうだが、刺激された細胞を純化しやすい免疫系では、最近、免疫記憶とエピジェネティックスについての論文を目にする機会が増えた。今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は同じ方向の研究だが、刺激と同時に代謝が変化することが細胞のエピジェネティックス状態を変化させ、長期記憶につながることを示した研究でNatureオンライン版に掲載されている。タイトルは「S-2-hydroxyglutarate regulates CD8+ T-lymphocyte fate(S-2-hydroxyglutarateがCD8T細胞の運命を制御する)」だ。
   著者らはCD8T細胞が様々な場所を循環する間にさらされると予想される低酸素状態の影響について調べるため、低酸素に反応する転写因子VHL, Hif1ノックアウトマウスのCD8T細胞と正常CD8T細胞の代謝産物の違いを調べ、VHL遺伝子が存在しないとS-2-hydroxyglutarate(2HG)の細胞内濃度が上昇することに気がついた。すなわち、低酸素に反応して2HGレベルが上昇することが明らかになった。
   次に抗原刺激と低酸素を組み合わせる実験から、2HGが抗原刺激でも上昇するが、それに低酸素加わると一段と濃度が高まることが明らかになった。そこで、2HGのT細胞機能への影響を調べ、T細胞刺激後起こる短期の変化を、長期の変化に変換し、記憶形成に関わることを発見した。これは、抗原刺激後上昇して刺激がなくなると消失する記憶T細胞マーカーCD62Lの発現が、低酸素にさらされ2HG濃度が高まることで、維持されることに現れている。さらに、細胞移植実験で、機能的にも記憶細胞として働くための長期的転換が起こっていることを明らかにしている。
   最後にこの長期記憶成立の背景を追求して、2HGがヒストンメチル化パターンを変化させ、メチル化パターンの調節に重要な役割を演じるUtx遺伝子を抑え、記憶成立に関わる多くの分子の転写開始部位のヒストンをH3K4me3のオン型に変換させていることを明らかにしている。他にも、メチル化DNAとハイドロオキシメチル化DNAについても言及しているが、著者らはこの可能性にはあまり真剣でないような雰囲気で書かれているので、ハイライトとしては低酸素による2HG上昇がヒストンコードを変化させることで免疫記憶が成立したと結論していいだろう。
   ヒストン全体がオフ型に変わって、Utxが抑えられ、そのあとで記憶に関わる遺伝子がオン型に変わる過程の詳細についてはさらに明確にする必要があるだろう。しかし、抗原刺激だけでなく、環境により誘導される代謝変化が合わさって記憶が成立するという発見は新しい展開につながる予感がする。
   最初エピジェネティックス機構は環境への対応、特に酸素濃度や、危害に対する対応の必要性から生まれた。この最初の刷り込みが、免疫記憶誘導にも続いているかと思うと感動する。

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