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11月26日:時差に潜むガンの危険(12月12日号Cancer Cell掲載論文)

2016年11月26日
   生物進化の過程を、生物による環境の同化と捉えることができる。例えば今年7月22日に紹介したカメの甲羅の起源は面白い(http://aasj.jp/news/watch/5537)。この時紹介した論文は、カメの甲羅形成に向けての進化は、まず穴を掘るための骨格を形成するため方向に進んだことを主張している。もしこれが正しければ、次のステップで穴そのものが甲羅として実現したことになり、環境を自己に同化したと見ることができる。
   この例にもまして生物による環境の同化を見ることができるのが、概日リズムだ。すなわち、単細胞生物から私たちまで、細胞の一つ一つが地球の自転による太陽光のリズムに合わせて遺伝子転写のリズムを持つようになっている。このリズムは皆さんも感じることができる。それが一足飛びにアメリカやヨーロッパに旅行する時煩わされる時差だ。この意味で、時差を人間の文明が生物進化を犯している典型と考えることができる。と言っても、ホモサピエンスの誕生以来20万年の歴史の中で、時差が問題になったのはほんの五十年ほどのことだ。もちろん、定期的深夜労働などを入れると100−200年の歴史はあるかもしれないが、いずれにせよほんの最近のことといえる。
   当然、自然の摂理に逆らうことが一時的な体の変調を超えて、深刻な影響を及ぼすのではと心配することになる。今日紹介する米国農務省の栄養研究センターからの論文は、時差のある地域を定期的に行き来すると肝臓ガンが発生する危険性が高まるという恐ろしい論文で12月12日発行予定のCancer Cellに掲載されている。タイトルは「Circadian homeostasis of liver metabolism suppresses hepatocarcinogenesis(肝臓代謝の概日リズムの恒常性が肝臓ガンの発生を抑えている)」だ。
   このグループは、部屋の明かりが12時間ごとにオン・オフする部屋を2室用意し、片方のオン・オフ周期が8時間ずれるようにして、例えば日本からヨーロッパに旅行したのと同じ時差環境を用意している。次に、マウスをケージごと、この2つの部屋を1週おきに移動させ時差により概日周期が乱されたマウスを準備している。
   あとは、このように生後4週から概日周期を乱したマウスの寿命、発がん率、そして代謝や遺伝子発現を詳細に調べているが、なんといってもこの研究のハイライトは、普通のマウスの概日周期を毎週乱し続けると、驚くことに8.75%のマウスに肝臓ガンができるという発見だろう。一方、同じ部屋で買い続けて概日周期を維持させたマウスでは発生率は0%だ。いくらマウスの話とはいえ大変だ。これが概日リズムの乱れによることは、遺伝子ノックアウトを用いて概日リズムを乱したマウスでも肝臓ガンが起こることを示して証明している。
   この恐ろしい現象の分子メカニズムを探るべく膨大な実験を行っているが、詳細は省いていいだろう。結論は以下のようにまとめられる。
   概日周期が乱されると、まず肝臓の代謝が変化し、いわゆるメタボ型になる。この結果肝臓は非アルコール性脂肪肝と同じ状態に陥り、実際非アルコール性肝炎まで進む。概日周期は細胞の転写のリズムを形成しているが、これが乱れると転写パターンが変化し、恐ろしいことに肝臓ガン型の遺伝子発現パターンに近づく。さらに、アンドロスタン受容体の発現を上げて、胆汁の肝内うっ滞を誘導し、この作用でDNA損傷などが進んでガンが発生するというシナリオだ。
   恐ろしい話だが、これは動物モデルの話として笑ってすませればいいのだろうか?
  ほとんどの人は毎週ヨーロッパと日本を行き来することはない。したがって、まず気にすることはないだろう。ただ、職業によってはそんな生活が何年も続くことは十分ありうる。今後、この発見を元に国際線の搭乗員を始め、様々な職業で疫学調査が必要だろう。
  もし人でも危険が明らかになっても悲観することはない。この研究は肝ガン発生までの道筋を明確に示した。従って異常を早期発見することは可能だ。さらに、アルドスタン受容体が欠損すると、この危険は完全になくなることも明らかにしている。すなわち、この分子の阻害剤により異常を抑えることができる。
   しかし、脳の活動から生まれた文明と、ゲノムの進化が今ぶつかり合っていることを実感する。

  1. 堀尾 和布 (まさのぶ) より:

    先生のお話は私の職業上体験した内容に酷似しております。
    私は電子部品製造会社に勤めておりました。その時に、松下電子工業(株)西条事業部へ部品を拡販して、各位お客先とお付き合いさせていただきました、当時寿電子工業は北米向けVTR製造販売されており、ピーク最大月産55万まで拡大されました。当時、次世代の需要で技術陣の方が再々、北米西海岸の協力会社へ出張またその足でインドネシア海外工場拠点に行かれるケースが多く頻発しておりました。そのパターンが継続して多分2-3年経過後、我々のお付き合いしたキーマンから多数のお客様が同じ、白血病になられ、お亡くなりになりました。私のような業者は内部状況を把握しておりましたので、当時、何故、我々がお付き合いしたキーマンの方がこれほど指で数えることができる位、発病され、亡くなられるのか、驚き、実際、西条は水の都で何故か?ということが業者の間で疑問として残りました。時期は1993~1995年頃にかけてです。先生のお話は当時のことを思いださせる内容でしたので、コメントをお送りさせていただきましす。参考になればと考え送信させていただきます。
    必要なければ無視ください。
    ご研究の進展をお祈り申し上げます。

    1. nishikawa より:

      論文で時差と定義されているのは、8時間の時差で、ヨーロッパと日本の違いです。したがって、インドネシアとでは飛行機で疲れることはあっても、時差は想定内で終わる気がします。また、この論文はあらゆるガンの話ではなく、肝臓ガンの話です。実際、胆汁のうっ滞が発生のキーになっています。

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